料理人の独り言
 

           2017/2月更新       今のニューヨーク    今回は刺身の変遷
アメリカに渡って30年以上が経ち日本料理の代表格「刺身」について俺が経験した30年の変わりようを掲載しました、1980年当時、見向きもされなかった生魚、生雲丹などは見ようともしなかった頃、寿司カウンター、キッチン、鉄板焼きと仕事をし寿司カウンターではただ珍しがり、見るだけで帰るお客がほとんどの頃に比べると今は雲泥の差、蛸等ショーウインドウに置いておくと指をさしながらみんなが集まり[Octopus!Octopus!]と騒いでいた時代、今では想像もできないでしょう?でもここまでになるには我々の努力は計り知れない物があります、日本人が来れば「これは刺身と言わない」など批判され言いたいことを言われそれまで20年以上日本で修行を重ねてきた俺には苦痛を覚えることもありました、その時いつも思うのが「アメリカの事情も知らないで言いたい事を言っている日本人観光のお客さんをを嫌いしました」それからどのようにしたら日本の食文化を知らない人に刺身の美味さを知ってもらうか、日本人に批判されながらハーブ、スパイス、切り方、盛り付け色々な物を取り入れ30年が過ぎ今や日本料理といえば、「寿司レストラン」=生魚になっています。その色々な刺身を写真で。 Before&Afterのページへ に掲載してみました。ここで一つなぜ俺が「刺身」と書いているかといえば俺は関東の出だからです、刺身という言葉は江戸時代にできた言葉で、その後関西に移り「造り」などという言葉が関西で使われるようになりました、最近は関東でも造りという文字を献立に書いている方がおられますが俺は刺身です。また鮭の卸し方、関東と関西では違います、流通機構がない時は、関西では鮭という生の魚はなかったのです、なぜなら関東以南の川には鮭は上らないのです、それなのに関東でも関西の卸し方がまかり通り、関東の卸し方では間違っているなどと言われる事もある時代  寂しい!! 訳の解らない職人というかシェフというか悲しい!!

先日ある新聞記事が目に付いたのでコピーしました、前回のホームページで掲載しました、日本で経験を積んだことのないシェフが見よう見まねで日本食をいじっている現状の結果がこのようなことに結びつくのです。
米ロサンゼルスで提供されるすしネタの約半数が注文したものと違う魚だった――。カリフォルニア大ロサンゼルス校などがすし店などでネタのDNAを調べ、12日までに米科学誌などで発表した。
ロサンゼルスと近郊のすし店26店、高級食料品店3店で販売されていた10種類の364サンプルを調べたところ、すし店の47%、食料品店の42%が表示と違う魚だった。調査した教授は、誤表示がどの時点で起きたかは不明としつつ「意図的なものもあると思う」と述べた。オヒョウやタイなどはほぼ100%、キハダマグロは8割近くが別の魚だった。一方、サーモンやクロマグロは違う魚である確率は低かった。
教授らは、魚の誤表示は乱獲を防ぐ規制を骨抜きにするだけでなく、思わぬ健康リスクを招くと指摘。オヒョウとして販売されたヒラメ類によく見られる寄生虫が、日本で食中毒を引き起こした例も紹介した。同様の誤表示は全米で起きている可能性もあるという。調査は2012〜15年に実施した。

トランプ大統領に抗議のデモについて感じた事
トランプタワーと俺が勤めているレストランは、ほど近く1月21日にはデモが5番街を埋め尽くしました、俺はデモがあるなど興味がないので知らないままに出勤した所、5番街を横断しなければ店に入れないのでそのデモの凄まじさに圧倒され始めての経験なのでどうしようかとその場で立ち止まり辺りを見回しましたら延々と続く群衆の長さにびっくりしどうしてもここを横切らなければならないと思い一か八か人ごみの中に入りました、人と人の間に隙間がなく無理にかき分けてどうなる事やらわからず、とにかく真直ぐには進めないのでどこでも間に入れるような所を探して進み前に進みようやく横断する事ができました、五番街では足りずストリートまで人が溢れ、抜け出した時は店の前でした。初めての経験で気がついた事は、誰もが本気でデモに参加をしていないという事、半分以上の人が時間があるから参加していると思われる感じに受け止めました、何故ならばプラカードを掲げて記念撮影をしている人が多い事、ほとんどの人が笑顔を絶やさず楽しそうに話していました、本当にトランプ氏が大統領になる事に反対しているのなら投票の前にもっともっと激しく反対すれば良いのにと思います、これに参加した人で選挙前から反対した人はどの位いるのだろう?人ごみの中の入った感じは、みんな楽しんでいるなと思いました。


 

 2016/12月更新     ニューヨークの「お節料理   

1980年米国に渡り、ニューヨークで仕事を始めて足掛け31年(1985年〜)毎年おせち料理とやらを見ていますが残念なことに余り感動する仕事が見つけることが今だにできません。まず1985年ニューヨークに就任した最初の年には、まだまだこれぞと思う日本のレストランがありましたのでそれらの店のおせち料理とやらを取り寄せましたがひどい物でした、なんの考えのもとで生物が入れてあるのか?酢だこならわかるが、たこのぶつ切り、鮪やハマチの刺身、当日に食べなければいけない物ばかり?「おせち料理」の基本が理解されないまま現在でもそんな重詰が平気で高価な値段で販売されていて、それが結構な数を販売している現状に何も注文をつけるつもりはないのですが、消費者が納得して求めていますので作る人たちはそれで満足しているのでしょうが?「おせち料理」の本来の目的、基礎を知っている方々には嘆かわしい事と思います?「お節料理」と言いましても、1月7日(正月)3月3日(ひな祭り)5月5(端午の節句)7月7日(七夕)9月9日(重陽)昔の呼び方はまた別のあるのですが、これらが五節句と呼ばれ、それぞれにこれらを代表する料理が我々先人たちから教わっています。正月料理(一月一日)に関しましては、まず「三が日そのままで食べられる物」「まな板、包丁を使わないで食べられる物」「熱を加えなくても良い物」せめてこの三点だけは守るよう厳しく教えられました、しかしその教えがすべて正しいとは思っていませんが私は現在でも正月の重詰はこれらをしっかりと守っていきたいと思います、私の亡くなった母が「女は正月三が日は勝手場に入らない」ということ何度か聞いたことを今でも忘れません、そんなわけで三が日は親父がいつも雑煮を作って色々な正月の料理を味わっていました、今になって(正月は神様がお勝手に降りてきているとの言い伝え)、私も運良くそんなん商売をしている家で育ちましたので、その当時は正月も休みなく働く両親を見て変な家庭と思っていましたが、その後この仕事に携わりそれらの事が今になってよく理解でき自分の仕事にも十二分にプラスになっていることを実感しています、「東の鮭」「西の鰤」と言われ、地方地方で色々な郷土料理的なものを取り入れているでしょうが、オマール、伊勢海老、鯛の姿焼きなど私は、絶対使いません、もし使うのであれば姿のままでも、そのまま箸で食べられるよう加工することがいくらでも可能なのです。値段を高く取りたいがゆえに高価な商品をそのまま入れている「おっつけ仕事」残念です。お節は片手間でできる仕事ではありません、ある程度の完成品を作るのには、朝仕事を始める前、終わった後も、12月に入りましたら少しづつ仕込みを始めなければ片手間に仕事中にやろうと思ってもろくなものはできません、居酒屋のメニューに毛の生えたような正月料理に高い値段をつけて販売せずそれなりに心を込めて、上手くいかなくても来年はきっとこれ以上のものと心に決め、せめて年に一度の仕事私はその料理が万全とは言いませんが、なるべくそれらに近い料理を現代風にアレンジしながら上記の三点に注意して重詰を作りたいと思っています。
 我々「おせち」は“造る”物、既製品を埋め込んで 販売しているものもあれば、居酒屋で酒のつまみに合うようなものを詰め込んだり色々なお節があるが、我々の仕事は造りあげる事が仕事、毎年20種類以上の物を造りますとその中には満足できない一品が出てきます、それをまた来年の課題とし毎年毎年少しづつ最高の物に近づけてゆく、其の時の後悔と来年の楽しみで仕事を続けているようなものです。
   「ニューヨークの正月料理、値段ばかり高くて、良いとこないのが私の感想」
この地、ニューヨークではもう日本料理の基礎を学ぼうとする人はなかなか見つかりません!なぜなら仕事ができなくても金が稼げるからです、日本でどこでも雇ってくれないような人材が駆け込んできたり、居酒屋で働いていて魚も洗えないようなやつが金を稼げると、寿司屋も同じこんな環境で仕事をしているから中国人、韓国人、アジア人がほとんどの今の寿司屋の現状かららは魚のよし悪も見分けることができない人たちがほとんどで、間違いだらけの基礎を誰かに教えられ、それが絶対と思い込んでいるので私にはそれを正そうとする気力はもうありません。
前回も書きましたが、ニューヨークから料理発信しようとする人もいなければ、日本から取り入れようとする人もなかなか見つかりません。ただ誰かがいたずらに教えた間違った基本をそのまま現地の人が覚えて日本の文化を知らない人たちに高いお金を取って販売しているのが現実です。

料理人今月の写真10枚に少しの正月料理を載せてみました                Before&Afterのページへ

12月2016更新
今月、地元の新聞に興味がある記事が掲載されていました。アメリカのある調査会社よると最も満足度の高い職業は「シェフ」という結果がでたそうです。全米1000人以上を対象としたそうです、なんと満足度84%だそうです。この記事を見つけたのは、今月に入りページを更新してからです、その理由は、「給料が高い」ということです、まさにニューヨーク「おせち料理」に書いた自分の意見と同じような「なぜ料理のグレード」がここまで落ちるのか?その理由が少しは理解できるとおもいます。ニューヨークの日本レストランが年ごとに衰退していくのが現実です、食を提供するレストランとしては成り立つでしょうが本来の日本食を提供できる店は無くなるのではないでしょうか?ニューヨークは仕事に関したてはなんの魅力も無くなりました!!!!  

 2016年7月更新

1年ぶりの更新です、なかなか新しいオリジナルの料理を作るチャンスがなく更新ものびのびになってしまいました掲載できるような納得できる内容の写真を撮ることができないのです。
新しい料理を作れる店がニューヨークにもなくなってきたと感じるようになってきました、もちろん俺の年齢も関係しているとは思いますが、最近は仕事に対し興味はあるのですが、どうしても居酒屋のメニューのようなものが多くなりがちなニューヨークの日本レストランが 多くなったと感じている次第です。日本料理の魅力を出せる一皿が日に日に消えていくようなニューヨークになっていると感じます。
それから少し気になっていることがあるのですが、、暫く前から日本料理と言いながら料理によっては「スパイシー」な味付けが多くなってきているような気がするのですがそれが悪いとは思いませんが、一流といわれているレストランではあまり味わったことがない味です。
俺の勉強不足でしょうか? 辛い味付け(塩辛いとは別物)その辛さは「刺激物」なのです、舌で感じる刺激なのです、味ではありません、だから評価されているレストランではこのような刺激物は今まで味わったことはありませし評価されにくい味付けではないかと思います? 隠し程度に使うのは物足りない味の時には、効果がありますが、本当に辛い味付けは料理本来の味を辛さで誤魔化していると思います? しかしこれだけ受け入れられていることなので、否定はしませんが、ただきちんとした味を整えてから「辛い」調味料を加えることが大事なのです、そうでなければ食べた時ただ辛味だけが強調され料理の味が無く、ただ舌がピリピリするだけで料理としては成り立たないと思います?  こんな料理に出会ったこともあります、世界的に有名なあるジャパニーズレストラン、マンハッタンにも大きく店を構えていますが、先日ランチに伺いましたが、そこで出されたスパイシーなスキャロップ料理、名前の売れた店なのでランチでも料金は安くなく、食べてみましたが、料金を払って半分以上残した経験はこの店が初めてでした、「辛いだけで味が全くない」。   とにかく料理は見た目と味が大事。
しかし辛いものが好きなお客さんがいますので私にはなんとも言えませんが、、、(このことは暫く前にこのホームページに書いてあります)最近の寿司は特に辛い味が好まれています、寿司は日本料理に比べると歴史が新しく、最近はいかなようにもアレンジしてしまいますが、それがもちろん受けているのでしょうが??
日本料理ももちろん現代的また海外でも好まれるようアレンジはしていますけど 寿司ほど極端に変わることは、日本料理を理解している者には限界があると思います。 寿司レストランが今や日本レストランの代名詞のような存在なのでしょうがないと思いますが、それは日本料理に携わる全ての人が長い間、文化の違いや、言葉の問題で片付けてきてしまったり、もちろんそれなりの職人が帰国してしまったり、他にも問題があると思いますがすが、(シェフの冒険とメートルディー)なぜ今、日本人が殆ど手を出さない、他の国の人間が寿司を見様見真似で作っている寿司が伸び続け、日本本来の料理が下火になるか、消え去っていくのか、色々な原因があると思うのですが残念です。 この秋にはそれらがひしひしと感じられるニューヨークの恥ずかしいお節料理の現状を伝えて俺のニューヨークからのホムページの更新を最後にしたいと思います。

 6月15日2015更新
暫く振りで更新しましたが、4月1日2015でこの道、満50年を迎えました、高校を卒業して4月1日に常陸太田市「割烹若柳」に入店し、暫くしてから初めて包丁を握らせてもらい、何を一番最初にどのような仕事をしたか鮮明に覚えています、50年経った今も料理道に関しては、日本と米国での仕事、過去が正しかったか?現在が正しいのか?判らず今なお考えさせられることが多々あります、その様な事もありまして、日本から2013年、8年振りにニューヨークに戻り、最後の仕事と思い勤めた店を1年余で辞め50年目の節目の年、なんとなく自分に納得できない状態が続きまして、ある程度満足した職人人生で終わりたいと思い再び仕事に挑戦する事に決めました、そこで左の一押しのメニューですが来月新しくオープンする店でメニューに入れてみたいと思っている一品なのです、お客様の反応はまだわかりません、残り時間およそ1年半自分自身でどこまで満足できる仕事が達成できるか否か全く見当がつきません          

              

 2015年6月更新
以前、27年間勤めた店で同僚だったその中の二人が5年ほど前に独立し、マンハッタンでレストランを開き、この度、二号店を出したいとの事でその店を手伝う事になりまして今までの自分が50年間この仕事に携わってきた経験をフルに生かして「最後の仕事」である程度満足した仕事で終わりたいと願っています。
     
                     2014年12月更新
相変わらずN.Yの地下鉄、とても先進国とは思えない乗り物!俺が通っているラインは特にN.Yで一番評判が悪くなったライン、10年前はそんなことがなかったが今は、朝の通勤には支障がないのですが、夜10時を過ぎるとまともに走行することが数えるほど、まったくイライラします。違うラインを走ったり、急行なのに各駅停車で走ったり、車内アナウンスでは急行、走り出したら各駅停車、まったく蹴飛ばしたくなりますよ。駅に着いたら赤いテープが貼ってあり入れなかったり(当日になって表示をするから)仕事が終わって帰る時、疲れた上にまた疲れます。
                

                   2014年7月更新
10年ぶりにN.Yに戻り新たな仕事につきました、5月頃には、落ち着いてこのページも更新できると思っていましたが、なんのなんの、思ったよりずーと大変で今でも変わりないです。N.Yも人材不足、少しレベルの高い料理をサービスしようと思うと本当に大変です、そればかりが頭の痛い事です、料理を勉強しようとする気構えで仕事に携わっている人がいません!と言っても全ての人ではありませんが、50になっても60歳になってもこの仕事に従事しておられる方、もう少し自分の技術を押し上げようとはしないのでしょうかね?その辺が俺には全く理解できない!
           
                 2013年11月更新
最近食品偽装があちこちのデパート、レストランで騒がれていますが、全てが「偽装」です。
色々と言い訳をしていますが、とにかく関わった全ての人が100%知っていながらその表示をしていたのです。この事は私、この仕事に携わって50年のキャリアを積みましたが、どんな言い訳をしても「偽装です」。
大手のデパートでは,テナントで入って営業しているのでしょうけれど作る人販売する人は同じ会社の人間ですから言い訳はただ苦しい言い訳にしか聞こえません。
この件について一つ言いたい事は、作る本人が(シェフ)が何も言えなかった事です、作る本人は必ずどのような時でも、なんと言うメニュー名で、どのようにして販売されているかは、絶対に知っているはずです、なおさら企業の一人であればメニュー作成(メニューに書き込説明文等)、商品構成、それにもかかわらず「商品の偽装」についてそのままにしておいた事が問題なのです。この仕事長く携わっていますとこのような機会がたびたび現実に付いてきます、しかし私は、ブラックタイガーを車海老、ロブスターを伊勢海老等とは恥ずかしくて書く事は無いし、また例えその企業の上司が書いていたら、自分のした仕事であればどんな方法をとっても止めさせます、これができなかった事が非常に残念,そしてシェフの誇りは何処へ行ってしまったのか?この一連の騒ぎでシェフが現れて言い訳をしない事は、全てが知っていて行なわれた事であり、言い訳ができないからです。先日ただ一人の中華のシェフが言い訳をしていましたが、中国と日本では、文化の違いがある事位は十分承知している事でしょうが、「中国では」と言っていましたが、その言い訳は通用しないです、ここは日本です。多分企業の上司が考えた事でそれを言わされている様な気がしました、一人前のシェフが,食材の商品名を無視して、客当たりの良い言葉で商品の偽装を「誤表示」と言っていますがこれらは本当にシェフが納得してやった事かどうか私は知りたい!「ゴヒョウジ」では無く120%全てを知り尽くした「誤表示」です。

 

               7月更新 
今回は又、更新が遅れまして申し訳ございません、仕事は、ないのですがなんだかんだと雑用がありまして前に進めませんでした。 
今回は皆さんどう思われているかわかりませんが、食中毒の事で先日も亡くなられた方がおりましたが、私の持論は、オーナーの責任が大きいと思います。何故なら今のオナーの人達は、スキルを軽視し安い人件費で経費を抑えようと、マニアルそして料理のレシピーだけで、他人の口に入る物を簡単に作れると思い込む、考えのあまいオーナーの方が多くいるから色々な事が起き易い、料理を提供すると言う事はそんなに簡単な事ではないと思います、最近レストラン(特に日本料理)の質が落ちたとは思いたくないのですが、とにかく日本料理のレストランがない!あると思えば日本料理には程遠い居酒屋程度、形態は違うけど最近、企業が感じている事のアンケートでは、「教える人材の不足」がトップです。レストラン関係のオーナーは気にしないようですが、これが最近、何処の店で食事をしてもドングリの背比べ、特に味等は何の変哲もない何処へで食べても似たり寄ったりの味、無難な味ばかり。
            

                   

               4月更新
帰国して丸三年が過ぎ、三年勤めた職場も先月で退職をしました。今月半ばNYに行きます。どのような形にしろ今までの経験を生かせる最後の仕事を自分の「職人人生の」総仕上げとして何とかやりたいと以前から考えておりました。今退職して包丁を離しますと、なんとなく中途半端な職人人生で終わったようで心残りがあり、納得がいかず、引きずった残りの人生を過ごすのは嫌なものじゃないかと思います、後2〜3年間、最後の仕上げをして終わりたいと思います。                             

               2011年2月更新 
年も明け2011になってしまいましたが、来月になりますと俺も65歳、いよいよ定年と言われる時が来ました、自分ではまだまだと思っておりますが世間はそうでもなさそう? 来月で今の職場を退職しますが、丁度良い時にN.Yから声が掛かっておりますが、94歳になる親父がおりますので上手く話が進むかどうか?でもこの辺で仕事をする事とは雲泥の差があり出来る事ならば、もう一度N.Yの雰囲気を味わいたいと思います、やはり世界を舞台にしてきましたから色々な思いでもあるし……とにかく俺が働いてたホテルは、日本の皆さんが知っている事を揚げると、古い話ではありますが、マッカサー将軍、終戦当時のGHQ最高司令官は日本から帰ると、このホテルの一室を自宅にし、私がアメリカに渡りました頃はマッカサーの奥さんはまだ健在で、車いすで私達のレストランに来ていました、またお騒がせのヒルトン姉妹の自宅もこのホテルの一室で高校を卒業されるまでは家族でちょいちょい来ていました、いつも遅い時間に来るので従業員からは余り……それからニクソンそしてフォード政権時代、大統領補佐官及び国務長官を勤めたヘンリー・キッシンジャーも家族で良く来られました。歴代の国連事務総長、中曽根首相〜森首相までの各首相及び大臣は皆、和食の場合は我々がサービスをしておりました、その時の警備のシステムでアメリカ側が日本の総理大臣をどの位のレベルで見ているかが良くわかりました、超一流の財界の方も殆どがこのホテルを利用しまたし、また殆どの方が一度はN.Yに住んでいましたのでいつも来てくださって今でも新聞等を読みますと顔写真や名前を見ると懐かしく思い、毎日が良い緊張の中で仕事が出来たと今は少し懐かしく思います。再び仕事でN.Yの雰囲気が少しでも味わえると良いのですが……                          

                  11月更新
今回で、古い料理の写真が500枚掲載されました、7年と2ヶ月よく続きましたと自分でも感心しています、今回の一押しは料理ではなく、今まで色々とレストランに関して勉強してきましたが今回は「料理人とサービスの関係」が、レストラン業界において、いかに大事であるかを俺なりに書いてみました、キッチンとダイニングルームの関係、常にトラブルが起きている現状、これらの関係がスムーズにならなければレストランの発展は皆無に等しいと思います??                   

                      

                 8月更新
今年の暑さはどうしたのか?俺の家の回りは畑が多く砂漠のようですよ!水戸はもう何週間も雨が降ってませんよ,一ヶ月になるのではないか?ところで食中毒の季節まっただ中、先日新聞でとり上げられていましたが生肉食は高リスク。鶏肉を生で食べる人は食べない人に比べて77倍の比率でカンビロバクターに感染すると!つい最近でも牛肉の加工品(合成肉)で0ー157に感染とありましたが,だいたい合成肉を飲食店で生のままお客さんの前に出すのは非常識だと思います?消費者は牛肉は生でも食べる事が出来ると思っているからです。鶏肉に戻りますがまだ我々が若い頃は食品の流通が今では考えられない程不便な流通制度の中で食品を扱っていたなかで、常に鶏肉は霜降りをした状態の生肉を料理に使っていましたが,一度も食中毒の話は聞いた事がありません。話がつながるかつながらないか分かりませんけれど、先日JFK飛行場から飛び立ったUSエアウェイズ社の飛行機が故障で,マンハッタンのハドソン川に不時着し全員無事に救助されたニュース知っている方が居ると思うのですが、川に不時着して全員無事は過去に例が無く,世紀の不時着と世界中が絶賛しました.その飛行士が先日30年間の操縦士生活から引退しました,最後に言い残した事は「経営難の為、技量不足の操縦士を安い給料で雇ってくる、もっと給料を惜しまず経験豊かな操縦士も増やさないと空の安全は確保出来ない」と……  昨今、民主党の代表争いも取りざたされていますが,読売新聞に両者を板前に見立てた記事がでていましたが、管さんもう少し技量を上げてください.小沢さん手が汚れていますので洗ってきてください、とのような意味合いの記事がでていましたが食中毒もこれら,「技量」に通ずるところがあると思います。         
                      

                  6月更新
最近、長年ある夢を持ち続けて日本料理から最近はフレンチ料理と自分の技術の幅を広げ勉強を続けてきたが、どうも実現が危うくなりこのホームページも更新する気力が無くなりかけているところに突然メールが舞い込んできました。そのメールは,精覚流家元八代 島根棋長先生のお孫さんに当たる方からです、島根長先生と云えば剥き物の神様と言われた方で、後ろに手を回して桂剥きが出来るような人で、昭和30年代頃から日本料理に従事していた方は知らない人はいないと思います。私のHPの中にあります「包丁人生45年の足跡」(剥きもの,氷彫刻を掲載)でその講習会に触れた文がありますが、今なおほんの一握りの方達が剥き物を日本料理研究会の本等に掲載しておりますが、今までに島根先生以上の剥き物の技術に遭った事はありません。島根棋長先生が行なっていました講習会、もう40年前になろうとしていますが,これが私の剥きもの,氷彫刻の源でした。見ず知らずのお孫さんからのメール大変感動しまして私の仕事を認めてくれたかどうかは、?ですが真面目にHPを更新して来た事がこのメールにつながった事と思い非常に嬉しく興奮しました、ありがとうございます。         
                      

                 
               

                 2010年 2月更新 
年も新しく、また近々私の年も増えます.今年で64歳を迎えます!まだ現役で勤めていますがなかなか大変です、昔から修行をし勉強して来た事が最近はなんとなく使えず、現代の雰囲気に呑み込まれているような気がしています?昔覚えた事にも現代に通ずる良い仕事が沢山あると思うのですが、なかなか上手くいかないです。やはり自分でやってみたい仕事は今時、自分で職場から築き上げなければならないのでしょうか?今時のオーナーは、利益の追求が一番の目的ですから仕方ないと思いますが……他に利益じゃなくて、お客様が満足する物を醸し出し(雰囲気そして料理)それで客足が伸び、最後に利益を伴うようなレストランっていいものだと思いませんか?最初から利益追求ではありきたりの物でしかないと思うのですが……?                     

                 12月更新
最初にお詫び、11月下旬更新と約束しましたが最近忙しく、6年間続けて更新してきましたが、この度は初めて約束の時期に更新が出来ず申し訳ございませんでした。
私、野球には昔から興味がありませんでしが、松井がニューヨークヤンキースに入団し、私が勤めていましたマンハッタンの店に来られるようになってからヤンキースの試合だけはTVで見るようになりました。しかし両リーグで一番ワールドシリーズで優勝しているチームが、松井が入団してからも6年間、それ以前から優勝出来ずに居る間、松井は手首の骨折、膝等の故障で、今季限りでヤンキースが放出する、たとえ活躍しても今期限りと言われる中、7年目にして今回の活躍、それに加えて、MVPを獲得、松井も顔にはあまり出さないようですが、その気持ちがひしひしと伝わって、興奮します。本当に7年間よく耐えてこられたと思います。耐える事により夢が叶えられるなんて(多分夢以上の物でしょうが?)なんて素晴らしい事か、 俺も今は我慢時、ご利益にあやかりたい!                    

                 9月更新
秋ですね、日本の食材が一年を通して最も豊富な種類が出回る季節です。私も自宅の庭に小さな畑があり、去年からその時季の野菜を育てていますが、現在は、茄子やトマトがまだ収穫出来、大根、ほうれん草、隠元豆、白菜、カリフラワーの芽が出て来ておりますので楽しみですが、形の良い野菜にするには難しく、家庭で食べるには、「まあーいいか」というところです、作りだすと楽しみが出てきます。食材に季節感が感じられ勉強になります。話は別になりますが、先日、米国から長年にわたり相談相手になってもらった方と、お世話になりましたレストランのオーナが水戸によってくれまして、数時間の間ですが色々と昔話共々話をし、大変元気づけられました。わずか数時間途中下車してよってくださいまして本当に嬉しく思います。                            

                  7月更新
先日もフランス人の講習を受けてみました、フランス人の講習はこれで二回目ですが、最近は何となく少し理解出来るようになって来たと思う?日本料理でも毎月、日本料理研究会が講習を行なっていますがこの年になりますと今更、自分の専門の料理の講習会に行く事はチョッと抵抗があるのが事実、しかし専門分野以外の料理であれば何となく知らんふりして講習を受ける事が出来てます。日本料理研究会からの月刊誌、もう何十年と購読しておりますが、最近は料理の写真ばかりが目立ち、料理の基本となる色々な分野の説明が昔に比べ少なくなり寂しい限りです、確かに料理に写真が多ければ若い人達も見るチャンスが多くなると思いますが、料理は、基本が大事!もっと能書き(料理の歴史、文化、料理の国際化)などをこれからの人に伝える事が大事では?                  

                  5月更新
もう20年以上前になると思いますが、ある日本の総理大臣が言った台詞だと思いますが?「日本の常識、世界の非常識」と言った事を思い出しますが、先日、私の大先輩であるS氏が約40年ぶりに日本に引き揚げてきまして、リタイヤ生活を日本で過ごす事になり、俺も心強いです。その先輩が「世界の常識、日本の非常識」と逆の事もあるから仕事の上でも気をつける事。と言われましたが、最近つくづく実感します、海外で仕事を長くしますとどうしても「食の歴史を頭に入れて、食の国際化」を常に考えて新しいものにチャレンジをしていなければ、とても大都会では他のレストランには太刀打ち出来ないと思い色々と研究して来た事が、日本では受け入れられない事も沢山あります。日本料理もまだまだ基本を守り国際化する事は日本国内ではなかなかチャレンジするのが難しいようですが…… 今回の一押しメニュー。まず日本ではあり得ないと思う?デザートを掲載しましたが、どう思います????                    
                  3月更新
最近、日本の食材と米国での食材、同じ鮪でも、米国では生のまま我々の手元に届き冷凍物は使った事がないのです、今我々が使用している鮪は冷凍物でが、最近は冷凍物も随分と冷凍技術が向上しフレッシュ(生の状態)の食材と何ら変わりなく使えるのですが、何せ今までに扱った事が無いので、どうしたら見た目良く解凍出来るか?またその後の保存方法、正直恥ずかしながら知識がありませんので少し、まごつく事が多いのです。(畜養の鮪等に関しましては日本より早く扱う事が出来たので何処で畜養されたかにより品質が違うのでその見極めは確かだと思っています)鮃等は下身が黒い斑模様が出来ているものには驚きと同時に何だろうと思いました、40年前の日本では見られない物でした(アメリカでは全てが天然のものなので)。でも恥じずに聞いていますので、ある意味で最近は非常に勉強になってます。ニューヨークでは鮪を始め雲丹,いくら、唐墨を作るときの鯔の卵等本当に安価で良い物が手に入り少し懐かしい想いがします。                   

                 2009年1月更新 
                  明けましておめでとうございます。
ryori-ninサイトを見ていただき有り難うございます。毎回同じパターンのサイトで申し訳ないと思いますが,今年は色々と目的を持って邁進するつもりなので、今年後半には私のホームページも新しく、また雰囲気が変わると思います??
                  本年もよろしく御願いします。
尚,前回サボリましたが、今回は包丁人生のページは更新済みです。                        

                   11月更新 
秋も深まり料理では、食材が豊富な時期になり料理の表現も多種に及ぶと思いますが、最近では、そんな料理の旬を表現する事が出来る職場が少なくなっているのが残念。 フレンチ料理のセミナーに毎月、新宿まで出向いておりますが、これもまた、今までのセミナーでは、旬という言葉が出てきません、しかし和食が専門の人が他のジャンルの料理の基本を取り入れる事により今までに無い味の何かを見出せる事は確かです。                              

                    9月更新
日本に戻り、一年が過ぎようとしてますが、先月職場の同僚にフレンチの料理講習会に誘われ、四十年前に月にニ度程飯田橋まで出向き日本料理の講習会を受けていた事を思い出し、今回は、新宿まで出向き講習を受けました。結果は(包丁人生45年の足跡に……)

                   7月更新 
二十数年ぶりの梅雨、俺の覚えている日本の梅雨、包丁がすぐ錆びる、まだ若い自分これしか梅雨の印象が無い。現在は何処で仕事をしても空調設備が良く出来ているので、そう簡単には包丁は錆びないからいい、昔は空調設備がある調理場等皆無に等しかった(茨城だけかも?)、しかし、今の調理場、包丁は錆びないが、腕が錆びない職場を探すのは難しい?                         
                  5月更新
最近、日本での生活で何時も思う事がある。
生活するのに金が掛かりすぎる。
通勤するのに車が必要になる、車の維持費、比べ物にならない程金が掛かる!
野菜等の値段を見ても、非常に高い、野菜の色や形は天下一品だと思うが? 色、形がいいだけで非常に高い値段がついているような気がする?家庭では、サラダ以外の野菜は殆どが切る、炒める、煮るという過程を経て食卓にあがるのにこれほどこだわって、値段の高い食材を使わなければならない意味が理解出来ない。         
色が良すぎて不思議に思う野菜もある。
他の全商品などをみてもにも付加価値を付け高い値段をつけているような気がする。ニューヨークに比べると日本での生活は金が掛かりすぎるのでなかなか大変!                             
                    3月更新
更新が遅くなりました!やはり日本で生活していますと余分な仕事が次から次と出てきますので米国で仕事をしていたように、「仕事だけ」とはいきませんので…… 
最近、知人より紹介があり、“仕事をしてみたら”との事で先月より日本で働き始めましたが、最初15年間日本で修行をし、サンディーゴ、ニューヨーク、フィラデルフィアとで27年間。そして、また日本で仕事を初めて2ヶ月、日本での仕事は、約30年近くのブランクがあるうちに、日本の職業調理師さん達の環境は(特に食材に関する)、180度変わったと実感!      
                  

                 

                 2008年1月更新
12月末にニューヨークに戻り、またすぐ日本に帰国し、今年の末までは取りあえず日本に落ち着こうかと思っております?こちらでの仕事も決まり、25年ぶりに日本のキッチンの様子を勉強してみようかと…… だいぶ雰囲気は違うようです?あまりにも便利な世の中になり、仕事の内容も便利になりすぎているのでは……???   
                              

                 12月更新
日本に戻り2ヶ月がちますが、全てが母国語で話す事により、自分の意志が相手に100%伝えられるという事のすばらしを感じてのんびりと暮らせる毎日です。仕事を離れ静かな落ち着いた生活に入り、今までの仕事が頭からスーと抜けたような爽快な気分です。また、今月半ばには、NYに戻り有名フレンチレストランを食べ歩いてみようと思います。 一月更新時には、またそれらの感想を書いてみようと思っております。
日本での食べ歩きの感想は、銀座、新宿と新聞等で取りあげられたレストランへと行きましたが、その感想はまた、NYから……
それでは皆様、

                        

                   8月更新
一時帰国し体を休め、頭を休め、また体も随分ガタが来ていますので少しメンテランスをしなければ……振り返れば渡米してから27年間走り続け、車に例えたら20万キロは軽く超えているのではないかと思います?自分でも良く走り続けたと思います。おそらく3ヶ月程更新出来ないかと思いますが?その後は今まで通り更新しますので宜しく!!
11月下旬又は、12月初めにはリフレッシュして更新出来ると思います。                              

                  7月更新
トンボ帰りで日本に行ってきました。月曜日に発ちまして、同じ週の土曜日には帰り、日曜日には仕事をしてました。どうしても決まりを着けたいプライベートな事がありまして…さすが疲れました。夢中で仕事をこなしていても、少し高級なスパーマーケット等には必ず足を運びますが、毎年帰りますので新しい食材は目につきませんでしたが、相変わらず野菜等の色あざやかさには感心します。何度か手に取り本物かどうか確かめたくなるような野菜がいくつかありましたが何故ここまで奇麗なのか、そして味にしてもアメリカの野菜と比較すると、雲泥の差があります。しかしそこで考えさせられる事もいくつかあります。日本の文化を知らない人ににそのような野菜を食べさせても、全てが旨いとは言わない事は確かなのです。食文化の違いは、食を提供する者にとって、これほど怖い物はないのも確かです。                       

                    2007年5月更新
いよいよ夏ですね。毎年思うのですが、NYに来ましてから、春が来たなと思うと、もう一週間位で暑い日がでて来て夏が来てしまうような思いがします? 今回から包丁人生のページにまた好き勝手な事を書き始めようと思います。もう私がこの道に入りまして足掛け44年ですか……長いようでやはり短くも感じています、まあ、この歳になると誰もが同じ事を思うのでしょうが、この道を選んで、44年経った今、思い出せば、がむしゃらに仕事を覚え、早く親方のような仕事、調理場での遠慮のない行動。その当時は俺にとって、これに勝る憧れはなかった思いがします。早く調理場で遠慮なく煙草を吸いたい!仕事の途中で必ず俺たちはお茶を入れるので親方は机に向かいお茶をすする。こんな親方の態度に純粋に憧れたものです。その当時、タバコは高校生活と同じ、何時もトイレに行くといい、わずか1〜2分位の間に吸っていました、何故高校を卒業したのに。その当時なんで「今でもこうして隠れて吸わなきゃいけないんだ」とトイレの中で何時も思った事を鮮明に覚えています。しかし今の世の中、禁煙禁煙で店の中でも煙草が吸う事が出来ない世の中になり喫煙者を見るとかわいそう??
俺はタバコを止めてかれこれ7〜8年が経つと思いますがその当時からNYでは、禁煙になりつつありましたから今は、その昔の自分の思いが忘れられなく、調理場で煙草を吸う事には、隅の方であれば黙認しております。法律に触れる事ですが、俺もタバコの煙は、今はダメなのですが昔は煙草を吸わない人の前でも平気で吸ってたものですから、文句は言わないよう気をつけています。今になって文句を言うのは、何となく自分勝手なような気がするので……。
所で、このホームページに掲載してある写真、見られないものがありましたが、今回全てリンクを正しく直しましたので、拡大してみる事が出来ると思います。
                                 

                  2007年4月更新
以前、ニューヨークで一緒に仕事をした仲間から突然電話があり、今まで6年勤めた店を辞めたとの事、家庭があり非常に不安との事。
しかし、仕事を覚えたいので店を変わる事にしたと……  その不安さ、よーくわかります。しかしこの道で食うならばやはり仕事が先で「技術、知識ともに人に負けない物を身につける事が大事」。と言いましたが今の世の中そればかりではなくなりましたのも事実。職人の技術等理解してくれる人何人いるか?と思いながらも、まだ、このように思っている人が一人でもいる事にホッとしました。電話があった事自体、もう何年ぶりかと、まだ俺を忘れずにその事だけを伝えようと人ずたいに電話番号を調べ連絡してくれた事、大変嬉しく思う。                      

                2007年3月更新 
三月を迎えまたが、日本では早くも梅、今年は桜も咲き始めるとのニュースを耳にしますが、毎年このニュースを耳にしますと生まれ故郷が懐かしくなります(子供の頃はよく偕楽園まで出向き遊んでいましたから)。こちら東海岸でも先月辺りは暖冬と言われていましたが最近は非常に寒く関東地方では経験出来ないような寒さが続いていました。
今、思い出しますが俺がこの仕事を選んだとき母親に言われた言葉、出来れば“堅気の仕事”をしなさい。その当時は実家でも水商売をしていましたから、堅気の仕事?なぜ……???
職を身につければ『食いぱぐれ』は無いんだけれど……板前だけは……と一度だけ言われた事がありますが、45年間が過ぎた今何となくその意味が理解出来るようになって来たような気がします?
俺はこの商売に入ってから職人への憧れが非常に大きくなりとうとう40年以上も同じ仕事を続けてきましたが、職人を意識しますと自分の生活より「仕事」ばかりを見てしまい、周りにはずいぶんと迷惑をかける事が多いのです、こんな事を繰り返していますのでこれらが母親に言われた“堅気”の生活ではない事なのかな?と。振り返ると確かにこの商売気質ではないかも???……
この仕事、全うするには普通の生活をしながらでは、ただの調理師。職人まで行き着けるには?……。                       

              2007年1月更新  正しい和食?
また、このホームページも新年を迎える事が出来ました。今年で5年目に入りますが 今回は農水省が取り上げました「正しい和食」に付いて独り言。海外で「正しい和食」を提供する店を認定する、という事!??
海外で正しい和食? 何を考えているのか、農水省のお役人は、ずいぶん暇でやる事が無いのかな?  日本料理に携わっている立場からの意見としては、まるっきりのお門違い!もう少し日本料理の歴史等を知った上で「正しい和食」をお役人達に理解してもらいたい! 
国内外で日本料理の代表の一部に認められている「てんぷら」、寿司の隠語である「しゃり」、日本料理に昔からある、酢を使い野菜等を漬け込む「あちゃら漬け」とまだまだありますが、これらは全て国外から料理名と共に伝わり長い年月をかけて日本の食文化に取り入れられた物で日本料理の源流は、中国から朝鮮半島を経て日本へと食が伝わった事を考えますと今、農水省が行動を起こそうとしている事は、裏から見れば今までの食の文化の流れに目をつぶり、食のグローバル化を否定する何者でもないと思う? 
その土地、その土地で風土や人種により食は変化する事が宿命だと思います?今の農水省の考え方と同じような人が、ここアメリカで日本食の仕事に携わっている人を時たま見かけますが半世紀仕事が遅れていますし、料理にも流行はあるのです。
一年程前になると思いますが?N.Y で「正しい和食」を認定する人達が選ばれておりましたが、レストランのオーナー、日本食?のシェフ
大変な顔ぶれ?でしたが、その人達は自分たちが海外で歩んで来た事をどの様に理解しているのか?俺は理解に苦しむ。中途半端なプロこそ、「これが日本食」と押し付ける事があるのが事実です。以前「食育」(これも農水省?)と打ち出し、食の文化を通じて礼儀、作法、食の大切さの教育を見直しましょうと旗を振りましたが……まず、家庭の食の柱である主婦、から積極的に取り組まなければならず、政府がいくら予算を組んでも上手く出来ないと思います。「武士は食わねど高楊枝」と大昔言われ戦後、質素な食事から食の有り難さを自然と教わった我々の子供時代と違うのでその辺の事を充分取り入れなければ食育はなかなか難しい?
ここアメリカでも日本の食文化を全く知らない人達が日本食と云いながらフォードを作り続けているのです。彼達は現在顧客になっている人達にいかに旨いもの、お客の要求する物を作ろうかと努力している人達がおります、「正しい和食」はこれらの努力を頭から押さえる事ではないかと?
昔、日本から和食、寿司等の経験をした人達が沢山アメリカに来られ、今でもその方達がほんの一部の残っておりますが(俺も含めて)今の農水省のお役人みたいなことを言っている人がおりますが、昨今寿司を作る人達は、中国系、韓国人の人の方が日本人より多くなっています、何故だか判りますか?
日本人の方はつまり「正しい和食」にこだわるあまり「お客さん」と「サービス」を忘れている人が多く見受けられるからです。
お客さんは、自分の好み等に直ぐ対応してくれる店に行く事になる。中国系、韓国系のオーナーの日本レストランが勢い良く伸びているのはこんな所が根本的に違うと思う(日本の食文化を知らず、日本食を現地の食文化とする事に努力をしていること)
農水省のお偉方、「正しい和食」を海外でも伝えたかったらもう少し、日本の調理師(板前)等のビザがスムーズに取れるよう政府からアメリカ政府に働きかける事が一番ですヨ! 
それにより、「正しい和食」は認定するなどバカみたいな事をしなくても、日本人から見た日本食とグローバル化された日本食はちゃんと区別されると思います。
どこの国も料理は、外国から取り入れた物を年月をかけて自国の味に合わせて進化している物なのです。
レストランを対象に認定等しないで、他に何か団体でも作り、お偉方を先生に正しい和食の勉強会でもすれば良いと思う?
レストランは現地で現地のお客さんを相手に商売しているのです、日本人の観光客だけでは一日なりとも商売は成り立たないのです。それを認定するなんて全くの営業妨害!! 
これじゃ日本料理も何時になっても世界で認めてもらえない!
            

            2006年12月更新
今年もクリスマス、年末と当地も同じく、テレビをつけても、街を歩いてもその雰囲気が十分に伝わってきますが、マァー、今年の年末は、俺にとってどうにも雰囲気がイマイチ乗れないようです。             
            10月更新
こちらでお世話になりまして少し日が経ちましたが、なかなか人材の方では難しい、やはり都会とは違い難しいとつくずく思う?ニューヨークとは違い私生活の面でも不便なところが目立つ、あまりにもニューヨークが便利だったからだろう?私生活と言っても俺はどこにも出かけないし、毎日が店と自宅の往復の日を昔から過ごしているから、病院だけが非常に困る、探しても便利なところにホームドクターが探せない、大きな病院はあちこちにあるのに電話するとチェックアップではなかなか受け付けてくれない!町の中には大きな病院がたくさんあるせいか簡単に見てくれる医者がいない!
これは不便だと思う。先日もある大手の病院の出先機関があるとのことで紹介してもらい出かけましたが、自分では症状が悪いと思って行きましたが、やはり専門医に見てもらった方が良いとのことで、その病院に頼みまして、その出先機関の元の大手の病院に予約を取ってもらおうと頼みましたが一ヶ月半位経たないと予約が
取れないと言われ頭に来て支払いもせず帰って来ました、未だに払っていませんけど、一ヶ月も待たされたら治っているか死んでるかのどちらかじゃないか!!            
              

                2006年9月更新
新しい職場を決めようと来ました町、小さな町で落ち着いているなーと思いましたが、全米で5番目の都市らしいです。ニューヨークから車で2時間、それほど遠くはないですが雰囲気は何となく落ち着いていますが、相変わらずニュースを見ていますと、撃たれたとか、何だとか、大なり小なり似ていますネ。目立つのがホームレス、こちらも中心街では負けずに多い!規制がないのか?たちが悪いし(ニューヨークのホームレスの方が少しマシ)、非常に目立ちます。地下鉄の入り口付近を通りますと、時にはあのホームレス独特の臭みが感じられる時があります、ニューヨークの地下鉄では嫌な思い出が多いので、こちらでは地下鉄に乗らずに通勤できるところに住むようにしてます。ここも慣れれば良い町だと思うでしょう?
              
                    7月更新
三ヶ月ぶりにニューヨークに私用で戻りましたが、地元とはやはり雲泥の差がありまて飛行機を降りたとたん“キョロキョロ”周りを見回しすぐに警戒するこの気持ち、嫌ですね。20年以上ニューヨークに住み着き、嫌な思いも何回かさせられましたから……地下鉄乗っても、タクシーに乗っても……日本はまだ嫌な思いを、と云いましてもニューヨークに比べればまだまだ少ないし、良いと思えるほどの物だと思います。最近はチャンスがあれば長い料理人生活、ニューヨークでの経験を生かせるような職場で働いてみたいと思っている次第です。

                 

                 6月更新
4月に帰国しまして、今までになくのんびりしておりますが、どうしても料理の方へ目が行ってしまい、やれアッチ・コッチと食べ歩きました、回転寿司、ラーメン屋、安い食べ放題の店 (今回は予算がありませんので) を歩きましたが、それはそれなりに研究・勉強をしているなと、つくずく感じさせられました。私は時々ハンバーガーが食べたくなりファーストフードの店に行きますが、人によってはそれを馬鹿にする人がおりますが(料理人がファーストフードと)、アメリカ人の味の原点はこれらなのです、この味を理解しないでこの地で食べ物をスムーズに提供する事は 難しいと思います?
話は前に戻りますが、テイクアウトの店等も見て回りましたが、やはりニューヨーク等とは雲泥の差で奇麗に盛り付けてあるし、値段も安い。量は比べると少なめでしたが、料理を見たときの第一印象がフードサンプルのように感じる程奇麗でなんとも云えませんでした。食材一つ一つの色がとてもあざやかで、色付けをしてあるのではないかと思える程です、ニューヨーク近辺の食材の色とは比べ物になりません。育てる過程で色・形を奇麗にしましょうと一つ一つを大事に育てられた事が感じ取れます、量を採ろうと大量生産をしたものとは違いがはっきり出ていました。物によってはテイクアウトの商品でも我々がテーブルに出す物以上に奇麗に見えたものも沢山ありショックでした。味は一概に比べられませんが、私日本人が食べた限りでは非常に旨いものでした、しかしその味をそのまま取り入れてもダメなものがあると思うので、その辺は注意しなければなりませんが、とにかくラーメン屋、回転寿司にしても感心させられます。       
                

                  3月更新
(次回の更新は私事の仕事が多くなる為、申し訳ございませんが6月のはじめ 頃になると思います)
せっかく、アメリカから日本へ輸出が解禁されたと云うのに、またアメリカ国内でBSEが見つかり日本への輸出が出来ないでおります.最近日本でも何頭めかのBSEが見つかったとのことを先日新聞に出ておりましたが、イギリス、アメリカ、ニッポンと(世界ではBSEにおかされている国が100ケ国以上ぐらいあるのではないかと)、どこの国の牛肉を食べたら良いか分からなくなってしまいそうです。しかし有名なレストランでステーキを専門にしている店は相変わらずBSEなど、どこ吹く風とばかりにいまだ繁盛しているそうです、日本のメディヤに言わせると、「アメリカは日本が新聞の一面で大騒ぎしているのにアメリカの新聞はほんの中面の目立たない隅の方に記事が小さく出ていると批判めいたことを言っておりますが、前にも書きましたように、日本人とアメリカ人の牛肉に関する考え方に大きな違いがあるのです、私もアメリカで20年以上仕事をしてようやくそれらの考えがどのように違うかということがうっすらと判るようなきがしてきました。
とにかくアメリカではいまだに牛肉類が主食なのです、いくら日本人が騒いでもアメリカの人達はそれを食べ続けるのです。アメリカの牛肉はうまいから。と言いますと日本人の方々から強い批判を受けそうですが、日本の牛肉は「柔らかい=旨い」で今までが受け入れられて来たでしょうが、味があるのは柔らかいばかりでなく多少は硬くても味があるのはアメリカの肉だと思います?これが理解出来るようになりましたのが、以前、宮崎から日本の和牛を取り扱っているときに知ることが出来たんです。食べ比べてみますとどうしてもアメリカのプライム肉の方が味があるのではないかと思います。日本のレストランではヒレ肉をよく使いますが私どもはPrime Shellという部位を使っておりますが、以前より肉がでるようになりました.以前はちなみにヒレ肉を使っておりました。
アメリカの人たちは子供ものころから肉で育っておりますのでどれが旨いか、日本人とは味の感覚が違うと言えばそれまでですが、日本人が第一に取り上げる「柔らかさ」とはチョッと違います。こればかりは、味を理解することについては、私はアメリカの人々に軍配をあげます。    
       
              2006年2月更新 
先日、色々と料理の写真を整理していましたら、本職でもないのに寿司を握っている写真が出て来ました、本職の人が見たら怒られそうですが、寿司に関しても勉強しているつもりなので、どうかお許しを。何故、寿司を「鮨・鮓」と書かないか?私は鮨の職人ではないのです、私の作っている鮨は「寿司」=当て字、なのです。お客様にお出しする献立にも「鮨」の字は使いません。私は寿司(自分ではまだまだ、まやかしの寿司と思っています)が握れるからとそれで終わりにはしてませんし、庖丁人生40年のページを開いて読んで頂ければ判ると思いますが、まだまだ料理道の勉強は続けたいと思っておりますので… 誰かが拾って下さる限り…  という訳で、今回ボランティヤで寿司を作りましたときの写真がありましたので載せてみました。       
        

                2005年12月更新
先日ニューヨーク市でストがあり、3日間でしたが、何となく一週間が慌ただしく、週末になりようやく落ち着きを取り戻したような気がします。2時間以上もかけて氷点下の寒い中歩いてくる人もいれば、電話連絡もせず当然のように休んでる人もいれば、人様々で、いろいろな国の国民性と各々の責任感があらわれる3日間でした。ニューヨークの市長がストの最中にユニオンの人たちは「身勝手で恥知らず」と言っており、ユニオンの人たちに反発をかっておりましたが、まさにその通りで、私自身、ホテルユニオンの従業員とともに仕事をしていますが、これがまた、ばからしい程のシステムで、何せアメリカの法律と違う労働条件を作り、それが認められているらしく、俺はまったく信じられない事がたくさんあります、そういった従業員を何人か使わなければならない事は、非常に疲れるし、それらに費やす時間は、けっこう目に見えない無駄な時間になり、しらないうちに時間がすぎてしまいます。俺の本音で言えば“なまけもの”の一言。いかに仕事をせず、多くの金を取るか、ドローボーみたいなやつらばかりです、もちろん全員が同じではありませんが、そいつらは、ユニオンの力で守られているため、なおさら仕事をしない!。なぜ今世界一といわれている自動車会社ゼネラルモータが今倒産するのでは、という噂が流れ、株価が二十年以上も前の水準に落ち込んでいるし、アメリカの航空会社はほとんどと言って良い程、一度や二度は連邦破産法の適用を受けて運行しているような状態なのです。これらの業界もユニオンの力が強く負担が大きすぎるのです、企業主に取っては厄介な問題をいつも抱え込んでるのです。しかし大企業となれば企業主といっても、その“主”は居て居ないようなものですから、なんとでもなると思いますし?。今回のニューヨークのストにより、またそのうち我々が支払う料金が値上がりするのです。とにかくユニオンとは、俺の立場でいえば、いかに働く時間を少なく、多くの金を取るかを考えている集団なのです。
       皆様、良いお年をお迎え下さい。
    
      11月は独り言はありません、
 
庖丁人生40年は更新済みですのでよろしく。            

                2005年10月更新
前回は「掻敷き」について簡単に説明しましたが、今回は敷物でなく、出来た料理の上にのせるもの。我々は「天盛り」と呼んでいます。料理の天(上)に盛り付けるからです、よく和え物等の上に和え物の食材と違う食材をほんの少し目立つように置きます、
これにも意味がありまして、簡単に説明しますと「まだ、誰も手を付けていません」と云う意味なのです。
日本料理が最も発達した時代は平安時代で,その当時は“公家”達が料理を競うようにもなり始め,その当時に出来上がった料理の上に置き始めたのがはじまりだとか…。しかしその当時は料理(食事)は楽しむものではなく「つつしむ」ものであったとか、我々の世代、親から食事をしているときは、「だまってたべなさい」「膝をおってたべなさい」とやかましく云われましたが、今になって、この当時からからのしきたりが残っているのかと、ビックリさせられます。
       
                 2005年8月更新
      「掻敷き」について。
“掻敷き”日本料理に携わっていない方には聞きなれない言葉でしょうが、とにかく日本料理では、料理の下に、葉、紙等食べられないものをよく敷きますが、これを我々は、掻敷きと呼んでいます、日本料理の特徴ともいわれる表現の一つで、日本的な草植物であれば“青掻敷き”紙を折りましたものは“紙掻敷き”です.吉事・仏事・祝儀・不祝儀により葉物であれば裏表、紙であれば折方が逆になる。フレンチ、イタリアン料理等では絶対に見られないものですが(食べられないものを添える事は非常識と思っているらしい?)これらには「一押しメニュー#7」で説明したと同じように日本料理の歴史と深い関係があります、簡単に言えば、器がなかった以前は、食べ物は木の葉等に載せて器代わりにしていた事の名残りなのです。葉〜土器〜木器〜釉薬を使った土器へとの「器」の歴史の流れの中での最初の器なのです、料理に携わる方々も何気なく先達の仕事の流れで無意識のうちに使っている事でしょうが…縄文時代以前の食の歴史を引き継いでいる訳ですから誇りを持って説明して下さい。
とにかくフレンチのシェフ等は不思議に思っているらしいので、もしそのような事に出会いましたら是非この歴史を踏まえて説明してやって下さい。
        
                   7月更新
       「食中毒の季節真っ盛り」
私の実家は魚屋〜飲食店へと約50年。長男、私(次男)と同じ仕事をしながら跡を継ぐのを嫌がりオヤジ一代で終わりましたが今、私も歳をとってみると他人の店で働くことの大変さは、(自分で商売をすることの大変さとは少し違うと思いますが?同じ責任を持って仕事をすることに違いはないと思います)ここ、二〜三年痛感しています。(それ以前までは職人で終わる事に何の抵抗も無く、優越感さえ感じるときもありました.この仕事が好きですから)その実家で、私が中学時代に大きな食中毒を起こした事を覚えています。現在で言えば営業を自粛と言いましょうが、その時代は営業停止でした。今でもその光景は自分の脳裏に焼き付いています。
特に経験の浅い調理師の方・家庭の奥様方へ。チョットした食品の過信(新鮮な物だとの思い込み)から起こす事があります。
例を挙げますと、こんな調理の過程で簡単に食中毒は起きます。
新鮮な物で調理して、なるべくおいしい物と気を使い、オムレツ等を出来上がってから保温状態にして置き、暖かい物を食べてもらいたいとの一心である程度食べるまでに時間を掛けてしまった場合等危険です、その間、中が半生の状態の事を忘れ(特に家庭では気をつけて下さい)ているので、いくら新鮮な卵でも非常に危険です。
鮮魚類等を調理するとき、一度調理をしてから(下ごしらえ)、食べる前にもう一度調理して仕上げる、このような過程の仕事が我々の中にはたくさんでて来ます、特に気をつける事は一度めの調理をしたときに、どうせまた火を入れるからと、そのままの状態で室温の状態までにしないで、冷蔵庫の中等で急激に冷ましてしまうか、100%調理してしまう事です。
例えば、油で揚げてまた、何かを載せたり、塗ったりしてオーブンで焼くからと、揚げた時、中途半端な揚げ方でそのまま放置しない事、とにかく忙しいとき早めに最初の課程を終わらせて於くと後が楽なのでと、中途半端な状態で放置する事が危ないのです。これらの仕事はプロの仕事として度々でて来ます。
良く冷蔵庫には暖かい物は入れるなと先達から云われましたが、その当時は氷で冷やす冷蔵庫がまだまだ現役で使っていた時代、暖かい物を入れると温度が上がり他の物が腐り易くなるとの事です、現在の業務用の冷蔵庫等は昔と違い機能は比べ物にならない位上がっておりますので、冷たいものより少し離れて置く事により問題は解決します。我々の冷蔵庫も人が二人ぐらい入っても十分な広さがありますので、調理の過程でこんなチャンスがでてくると、熱いまま床に置きなさいと指示してます。
熱湯消毒、生物を調理した後、同じまな板を使うな、やれ熱湯消毒だ何だかんだと、この時期が来ますとマスメディアはにぎわいますが常識的な事ばかり、また一々そのような事を行っていたら仕事が追い付きません、水仕事と云うぐらいで、たっぷりの水を使い良く洗えば何の問題もありませんし、我々の仕事で、そのような事が原因で食中毒になったとの事も聞いた事がありません。上記に記した事等は今まで仕事をして来た中で誰から云われた訳ではなく「仕事(経験)から教えてもらった」大事な事です。
          
                         

                     5月更新 
先日インターネットで調べ物をしていた所、いつ頃の記事だか判断出来ませんでしたが、内容は“穴子の天麩羅が少し揚げ過ぎ”まア、素人さんの意見だとは思いますが?、少しガッカリ!?。結論は穴子の天麩羅を、生から裂いて天麩羅にするときは、他の種類の天麩羅よりは、少し長い時間揚げなければ、穴子の皮が(なんと表現して良いか、上手い言葉が見つかりません)、ネチ、ネチして歯につくような感じで旨くありません、とにかく穴子を一本そのままあげるので、箸で簡単に千切ることが出来るぐらい皮の方をパリっと揚げることが出来なければ、その天麩羅は上手に揚げたとは言えないと思います。
最近はニューヨークの数多くのジャパニーズレストランでも、穴子を一本のまま、また半分に裂いたものを天麩羅で出していますお店に出会うことがありましたが、今まで、私が食べたお店で、生から揚げた穴子の天麩羅には、ぶっかったことがありません!。皆、天麩羅にする前に何らかの形で火を通したものを天麩羅にしておりますので、天麩羅の衣が少しぐらい柔らかく揚がっていても、皮も十分柔らかく、抵抗なく食べられますが、たべてみて穴子天麩羅本来の味には、程遠いと思います。一番ひどかったのは穴子の天麩羅を注文して、でて来た物が鰻の蒲焼きを天麩羅にした物もありました、ウエイトレスに聞きました「これ穴子ですか?」.答えは「ハイ、穴子の天麩羅です」。まア穴子も魚の分類上“ウナギ目”に属する魚ですから仕方ないか?!??!。北海道等では“ハモ”等と呼ぶ所もあるらしいですから?.魚も色々地方名があり、ニューヨークでは「ウナギ」と呼ぶのかも?????。
昨今、日本ではニューヨークのジャパニーズレストランを取り上げて話題にしているみたいですが、所詮こんなものですヨ。
食に付いて自らの正しい考え方・判断する能力を養う。
食育、食育ですネ?!?!?!。

                 3月更新
今日はもう30日、今月下旬で更新予定としておりましたが、なかなか予定通り更新することは、最近では気が重くなりつつあります、歳も歳なので写真を入れ替えるだけでも結構時間がかかります、たまにコンピューターの調子が悪かったりすると1日が丸つぶれ、調子がいいときは「こんな便利な物は」と感動しますが、少し調子が悪いとイライラして、世の中にこんなに面倒な機械があるのかよ!。「もう使うの止めようか」と思うときもしばしば、しかし今はもう調理の仕事でもコンピューターに頼り切っている所があるのでなかなか捨てきれないでいるしだいです。もう何年か頑張ってみたいと思います。
                  

                 2005年2月更新
バレンタインデー、日本ではいつもこの時期になるとデパートやチョコレート屋さんが賑やかになりますが、どうもチョコレートを食べるとなると、虫歯になる、太る、糖尿病 等と頭に浮かびます。しかし チョコレートの原料となる「カカオ」、ポリフェホールを多く含み、最近の研究では虫歯の原因菌、ピロリ菌、等の殺菌効果とか動脈硬化を予防するとか 栄養バランスに優れているので非常食にお勧め!等色々ですが私も血圧・コレステロール値が高く毎日薬の世話になっておりますが、検査する度に「味噌汁は飲まないように」「卵は食べないように」と色々注意をされますが、朝から晩まで調理場にいますと目の前にはエビ、イカ、カニ、イクラやウニ が …。みそ汁にしても毎日作りますので,口にするなと云われてもなかなか無理です、みそ汁等も最近言われていることは、原料は大豆、タンパク質や大豆イソフラボン、植物繊維を多く含み「朝の毒消し」とまで言われているそうな?味噌は主に大豆を発酵させて作りますが発酵させることによりペプチドと云う成分ができ、これが血圧が上がるのを抑制する 効果があるとか、
私にはカタカナが多く少し難しいのですが、要するに食べ物は幅広く色々な物を食べていれば健康には支障がないと思います。中国では「薬食同源」と 云われ、薬も食も同じ源と云う意味で、薬と食べ物を明確に区別していないそうです。我々の職場には中国で生まれ育った人がおりますが、この食べ物は何に良いとか、魚のスズキを見ては、この魚の腹のところは何に良いとか、百合の花の乾燥した物でスープを作ったり、まさに薬食同源そのものです。      
            
             

                 2005年12月更新
先日の朝日新聞の記事に魚を良く食べると「乳がんリスク4割減」と言う記事がでていましたが…
私の実家は私が物心がついたときは魚屋でした、それからかたわら食堂を始め、小料理屋、仕出し弁当などを40年以上続けまして、暫く前にリタイヤをしまして、両親とも来年、喜寿の祝いをしたいと言ってるそうですが…私も魚、魚の毎日が子供心に残っております。オヤジは今でも少しの晩酌をしているみたいですが、今でも豆腐、刺身(冷凍の不味いもの)をつまんでいるようです。
現在働いておりますニューヨークの店にも毎日のように(ランチまたはディナー)来ては、サーモンの寿司をかならず8個注文しますお客さまがいるので、ウエイトレスに聞きました所、同じお客さまで(外人)年齢は90才を超えているとのことでビックリしました、その御客さまいわく「元気なのは、これの(サーモン8個)おかげ」と云ってるそうです。
先に述べた新聞の記事も信じられそうです??!!!。
  皆様、良いお年をお迎え下さい。
    HAPPY HOLIDAYS            

                     

               2004年11月更新
ニューヨークの地下鉄は評判が悪いのは良く御存じのことでしょうが…
ニューヨークの地下鉄の歴史は100年を迎えたとのことです。私の利用しています「Eライン」は以前は新しい車両が運行していましたが、今では昔、落書きだらで有名だった車両(現在は落書きのある車両等はありません)をなぜかこのラインだけが使用してます。社内でのアナウンスは動いてるときはガタ、ガタうるさくて全く聞き取れません。めったにアナウンスもしませんが!。
週末等、ふと気が付くと違う路線を運行しているときもチョイチョイあります。
20年同じラインを利用してますが,以前は朝のラッシュ時間帯で非常に感心したことは、電車が混んでいると皆、次の電車を待っていることです。体が触れるぐらいになるともう乗り込んで来ませんでしたが、最近は日本と同じで後ろ向きになり押しながら乗り込んでくるようになり、言い争いもチョイチョイ!
ここ何年かは、私は少し朝早く家をでまして毎日各駅停車でのんびり座り通勤しております。
今では地下鉄の良い所は、30日間で70ドル払えば何回乗っても、何処へでも。市内のバスも同じ条件で乗れることぐらいかな?
車内は汚い、臭い、座る前には必ず床や座席をチェックしなければなりません。これから寒くなるとホームレスが乗っている車両が必ずあり
、ホームに電車がはいって来た時点から車両の中を見てガラガラ開いてる車両には絶対に乗りません。しかし自分がホームに着いたとき電車が入っていますと、つい急いで乗った時等ホームレスがいるんですよ。あの臭さは、なんと説明して良いか、なにに例えたら良いのか、いまだに見当が付きません、とにかく臭い!車両から車両へと移動出来れば良いのですが出来ない車両があるんですヨ、
よく止まる、なぜなのかアナウンスも無い。エクスプレスの電車が途中からローカルになる、又その逆もある、100年も過ぎているからなのか?どこそこが壊れましたからと、降ろされることもしばしば。全く適当ですヨ。
最近は慣れですかね?おかげさまで、あまりイライラしなくなりました。
        

                2004年10月更新
更新時期が予定より少し遅れましてスイマセン!
コンピュータが少し調子悪くなりまして、修理等、何やらと手間どりました。この歳になりますと、コンピューターもなかなか自分では、思うように調節出来ず、時間ばかりが経ち、もう止めようかとも思いますが、何年もの間、コツコツと積み重ねて来た料理に関するファイル、写真、等のことを考えると止める訳にはいかない状態になっていました。
食材に付いての調べもの、献立等をたてる時、昔のファイル等を見ながら考えると、凄く便利な物だとつくづく思うからです。            
 
                 2004年8月更新
いつも新聞紙上をにぎわしている、食に関しての偽表示。食の安全に敏感な消費者と讃えておりますがチョット一言、日本に帰りますと最近は必ず一度は行きます「回転寿司」。回転寿司にも高級店等と呼ばれるところがチラホラ。
その回転寿司の寿司ネタ、これは「偽表示」つまりネタの表示に嘘をついても取り締まりの対象にはならない(法律違反ではない)のです!なぜなら消費者は100円で本物のイクラやアワビ、サザエ等、高級な食材は食べられないと思ってるからだそうです。消費者の方々本当にそう思っておりますか?そんなふうに言われると「なるほど」と納得もできましょうが,実際カウターの前で注文するときそんな思いで注文する人は、誰一人としていないと思います。私のしってる物でも、7〜8種類ぐらいネタの表示と私の頭の中にあるネタのイメージが違っている物があります、エンガワ、サザエ、タイ…
もし、デパート,スパー等でこの表示をしたらどうでしょう?新聞でたたかれ、テレビでたたかれ、当分の間売り上げは回復しないし、それ以上の打撃があるでしょう? 「食の安全に敏感」な消費者の皆様、矛盾してると思いませんか?「回転寿司のネタ表示」「デパート、スパーの魚売り場」表示規制には雲泥の差。              
             
            

                   7月更新
ニューヨークの犯罪数の低下。最近新聞等でずいぶん、減った、減ったと取りたざされております。先日もN.Y市長が「最も安全な大都市」と宣言しました.統計を取った全米230都市の中でニューヨークの犯罪発生率の高さは211位だったとか、発砲事件等我々には遠い出来事でしたが最近は身近な地下鉄内、駅で起るようになり、決して安全な街になったとは思いません.今朝も四時頃パーン、パーンパーンと三発の銃声らしき音で目が覚め、下を見ましたらパトカーがきていました。拳銃を持ちたかったら殆どの人が持つことが出来る国ですから仕方ないと思いますが、非常に物騒な地域になったと思います.此処から車で1時間半もドライブすると野外で拳銃、ライフル、マシンガン、散弾銃,選り取り見取りで実弾射撃が出来る場所がありまして、私も二度ほど行きましたが、ストレス解消には良いかもしれませんが、街の中でストレス解消されてはたまりませんヮ。
ちなみに最も最悪だった都市がテキサス州ダラスでそれよりも犯罪率は3分の1以下となったと言いましたが、ニューヨークの3倍の犯罪が起る都市等想像も付きません。
                     
                  6月更新
ニューヨークでも寿司が一般のフードとしてスパーやカフェテリア等で販売されておよそ10年位が過ぎるかと思いますが?最近少し不安になることが一つあります。それは鮨ネタにしております「鮭」です,日本でも回転寿司では、生の鮭を好む若者が増えていますが、マンハッタン(当店)でも今や鮪より生の鮭の方が多く売れています、生といっても私は昔風の仕事人ですから現地の人が好むように、火を使わず生のまま少し加工してありますが、寿司とか刺身とか、とにかくよく、生の鮭を食べますが、我々の世代では決して生では食しませんでした.何故ならば義務教育の過程で鮭には寄生虫が寄生しており、人体ににも容易に寄生すると習った覚えがありますし、調理の仕事に携わる我々の世代の方であれば誰もが理解していることです。しかしマンハッタンのレストランで鮭のステーキをオーダーしますと必ず生焼け(ミデアム)の状態です。なぜ生で食べても大丈夫なのか?それはアトランティクサーモンは95%が養殖で市場に出回る物は殆どが養殖だそうです。養殖をする場合は、餌に色々な薬品を混ぜているので、その薬品の影響で寄生虫等が寄生しないのです。最近その養殖の鮭ににアメリカの食品衛生局が妊娠している女性等は、余り食べ過ぎないようにと警告を出しました所、お客さまからよく「どこで捕れたサーモンか?」との質問がありますが所詮、養殖のサーモンでなければ生では食べさせることができません。そんなことで魚屋さんも最近は完全養殖でない鮭を販売するようになりましたので、その辺のこと若い人で調理の仕事に携わっている方、どこまで理解されているか少し不安になります。                               

                   4月更新
ニューヨークで第一回目の「すしコンテスト」がありまして、創作寿司部門で見事優勝されました安武君が挨拶に来られまして、彼いわく“俺のベーシックは此処ですから”の一言、お世辞でも、正直云いまして嬉しかったです。
江戸では、1600代後期からの箱寿司が、1800年中期なり、江戸で最初に握り鮨が売りはじめられたと、料理関係の歴史本等にありますように、握り鮨の歴史はあまり古くなく、鮓(この漢字が最初の文献に出て来たのは1〜2世紀といわれる)そのものの歴史に比べるとまだ若く、といっても握り鮨には300年の歴史がある訳ですから、それらの歴史の本道をたえず追求し、現代の食材の流通の早さ、便利さ等の良き所を得、食材の融合に重きを置き、料理の歴史に見当たらない新しい感覚で料理を作る。これらを組み込むことにより創作寿司、料理なるものが生まれて来るのではないかと。これは私の独断と偏見?ですが…
この中の一つ「食材の融合」、何種類かの食材を組み合わせ、「観て美しく、食べてそれぞれの食材が主張しあって旨く」。なかなか出来るものではないと思いますが、ただ私が今までの経験で言えることは、寿司の創作能力は鮨だけの技術(修業)ではなかなか生み出すことが困難ではないかと(天才は別)。なぜなら今の握り鮨だけでは食材を使用する範囲が狭いと思いますので、どうしても和食(割烹)の食材等、ふんだんに取り入れなくては創作までは行き着かないんじゃないかと?
今の当店は、和食の食材はもちろん、フレンチ、イタリアンの食材。最近は若い者達が休日にチャイナタウンに行きまして色々な食材を買っていますし、食品棚には私の知らない食品が増えて来ています、「これは何に使うのか?」と私からの質問が出るほどです、このような調理場の環境を保ち、これからもニューヨークならではの料理が出来ることを楽しみにお互い研究に励みましょう。
            安武君よくやった!
      

                2004年3月更新
先日、朝日新聞の記事に 「三ツ星、3分の1は評価に値せず、ミシュラン調査員暴露」 の見出しで記事が載っておりました。
仏ミシュラン社で16年間調査員を務めたパスカル・レミ氏によると、(同ガイドの選考過程や基準はこれまで秘密のベールに包まれており外部に漏れるのは初めてだ)
同ガイドをめぐってはかねて「100人の調査員が1万店をしらみつぶしに調べる」等という「伝説」が語られてきた。しかし、同氏は「100人とは、出版社に関係する全ての人の数でのことで、専属調査員の数は、5人ていどしかいない。訪問するのは年に200件ほど」と証言。さらに「読者から新たな投書や指摘が寄せられた店のみを直接訪れていた」「二つ星、三つ星を店に与える場合、調査員の意見はしばしば無視され、編集幹部が独自に決めていた」等と明かした.同氏は「(最高ランクの)三ツ星の3分の1以上が値しない」とも述べている。
また、客のふりをしたスタッフが店を訪れ、味付け等を評価することから「ワイロも人脈も関係なし」という匿名性がミシュランの格付けの特徴とされるが、レミ氏はこれも全面否定。
料理に関する仕事をしている我々にとって、非常に興味のある記事です。ニューヨークにも同じようなガイドブックがありますが、我々プロが見てると「なぜ、こうなの?!」という疑問が、今、“なるほどな”に変りました。いくつか理解出来ない所があるのが理解出来ました?!?!。
    
                      2004年 1月更新
先月、米国でもBSE(狂牛病)が発生しまして、私共も、牛肉を扱っておりますのでニュース以降さて、オーダーがあるのか?無いのか?
牛肉を主な販売商品としているハンバーガーチェーン、ステーキチェーンの株はニュースとともに値を下げましたが、翌日は値を戻し、一安心という所でした.さて、我々の店では現地の肉、アメリカ産の和牛も置いてますが、目立った影響は今の所ございません。
この様なことでも日本との食に関する考え方が違うなと思います。肉の部分は安全との認識を消費者は持っているのでしょう?
各国が米国産牛肉の輸入禁止を次々に決めていますが、アメリカの役人がそれぞれ出向いて、いち早く輸入を再開するよう働きかけていますが、以前、日本でも狂牛病が発生しました、その当時、私共の店でも宮崎から和牛を仕入れていましたが,いまだに輸入出来ません。
輸入禁止を決めた国々はそう簡単に輸入を再開をしないと思います?.日本だっていまだにアメリカに輸入禁止されたままですもの??????
                      2003年 12月更新
私のホームページに庖丁人生40年というページがありまして、そこに色々と私なりに勝手な能書きを書いておりますが、その中の一部に日本とアメリカの食文化の違いがこれほど違うものかと…、詳細が書いてありますが、先週の日経新聞プラス1に「贈り物にしたい宮内庁御用達」のトップが、ある和菓子メーカーでした。皮肉なもので、その和菓子メーカーは暫く前にマンハッタンに進出しましたが、先月撤退したばかりなのです、もちろん余りにも有名な和菓子メーカーなので我々の店でも数点デザートに取り入れていましたのでこの記事を読んだとき非常に残念でやりきれない気持ちになりました.これがまさしく食文化の違いかとまたまた考えさせられました。

                 これより以前の独り言は長くなりますので削除しました。

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