庖丁人生四十五年の歩み
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9/1/2003年

1964年、高校を卒業後、4月1日地元の割烹旅館から修業をはじめる。最初は辛くて悔しい毎日が続きました… 調理場の「雑巾がけ」我々の時代は、板場と呼んでいました、調理場はどこでも板張りの床つまり「板場」なので床が濡れたら“すぐ雑巾”一日のうち何度雑巾を持って飛び歩くことやら…
いつも兄弟子に言われる「雑巾は常に顔を拭けるように奇麗にしておけ!」と、このへんのことは後々、なるほどと理解できることばかりです 。親方、兄弟子達の“下駄ふき”料理等まだ出来ないときなのに、「お惣菜を作れと」言われて…作れば“旨くない!”と言われる。仕入れ業者、親方の知り合い達が、ちょいちょい出入りするのでそのつど“お茶汲み”一日がそんな仕事で終わる毎日でした。割烹旅館でしたので仕事が終わりますと、ほとんどの従業員は店で風呂に入って帰りますので、親方、兄弟子が入りますと背中を流し、服をたたみ下着、足袋をそろえて…と、ため息が出る毎日が一年は続きました。末っ子でわがままに育った私がよく辛抱できたと… 何度か涙が出るときもありました。
最後に風呂に入るのですが、仲居さん達も最後なのでよく一緒になりました、最初は恥ずかしさがありましたが、そのうちになれまして、色々と周りの人に励まされ 、半年以上が経った頃、親方から初めての仕事と云うか教えてもらったことは今でも鮮明に記憶にあります、「赤貝を剥くこと」そして“ひも”を洗うことでした。そのうちニ年の月日がたち、親方から横浜に行くようにいわれ、いよいよ都会に出られると喜びました。しかしここでのニ年間の経験は非常に貴重な経験で、今ではなかなか体験できることではなく、私の料理に打ち込む精神、料理を作る楽しみの基本はこの二年間の間に養われたのではないかと今になって分かってきたような気がします?
横浜から銀座、川崎を経て地元へと。
横浜では 店が毎週、日曜日が休みだったので(地元では年中無休が常識ですから)4回の休みのう3回は東京へ出て、(故人になられた方々も多いですが)剥き物の達人「精覚流家元八代・島根棋長名誉師範」がその当時、四ッ谷の“蔦の屋”で講習会を開いたり、飯田橋の料理学校(確か名前は割烹女学校?)で錚々たるメンバー、皆さんそれぞれ名誉師範になられた方々『丸博幸・西村元三郎・本橋清・矢橋豊三郎(廃物を利用するのが得意)・関口耕司(鶏料理が得意)・世良栄蔵(氷彫刻が得意)敬称は略させていただきました』が、月に二回程持ち回りで講習を開いておりましたので必ず横浜から出かけて行きました。最初七千円の給料から始まり、その当時、確か一万円だと記憶してますが、この講習が一回千円でしたのでその当時は高いなと思いながらも欠かさず出向いてました。その頃の献立は紙が黄ばんでおりますが今でも持ち歩いております。こんな影響もありまして「剥き物・氷彫刻」等に興味を持ち暇さえあれば練習をした覚えがあります。同じ事を何度も何度も、我々の仕事は「繰り返しの大切さ」繰り返しては疑問を持ち、また繰り返す。それで技術が向上するのではないかと今でも信じてます。歳をとると回顧的になると言われておりますがこんな事がありまして今の自分が存在するのだと……
1980年渡米、サンディゴへ、 1985年ニューヨークへ

                 2003年10月初旬更新

正直いいましてサンディゴに来ました時は、自分の経験で充分だと思っておりましたが、これがまず最初のつまずき。食材の調達もままならず料理は単純な物ばかりでしたが、日本との食文化の違いがこれほど違うものかと驚きました。それからは、休みの日にはロス(L.A)まで2時間掛けて食べ歩き、どこの日本のレストランへいっても百済ない料理ばかり、しかしお客さんは席がなくて待っている状態。なんだこれはと思いながら時間ばかりが経ち、なかなかギャップが埋まらず随分悩まされました。そのような事で、五百円の弁当作りも、五千円の弁当作りも難しさには変りがない事にその当時気が付きました。“五百円の弁当など作れません”などという職人さんが多々居られますが作れないのではなく“出来ないのです”その安い弁当を作る技術を持ち合わせてないのです。昔、料理に関する本を読んでいましたところ、あるお客さんがカウンター越しに50歳を超えたぐらいの板前に言った言葉が「 おやじの歳になると板前を窮めて、さぞかし旨いものが造れる人の様にお見受けしますけど」。ところが返ってきた返事は「私は、洗い方を窮め損ねたので、いまだ洗い方です」。このようなセリフを思い出しましたが、充分修行を積んだ方ならこの言葉の重みは理解できますでしょうが、今の時代、同じ料理関係者でもなかなか理解してくれる人は少ないのではないかと?。鍋洗い、道具洗い、色々な決まり事、方法があるんです。今時の人はあまり考えないでしょうが、我々の時代は前にも述べたように床が板の間だったので塗れたらすぐ“雑巾がけ”でしたので水を飛ばさないで洗う方法を教えられました。現在でも濡れていれば滑って危険なのでタイルであろうがスノコが敷いてあろうが拭くと思いますが、洗い方を窮めると殆ど拭く事がないんです。鍋も同じです昔は今と違いステンレスとかアルマイトの鍋は無くほとんどが鉄鍋でした、鉄は錆びますので毎日磨きます、そして銀のようにして鉄の灰汁を抜いていくのです、その当時よくこんな言葉を聞かされました「煮方は鍋を可愛がる」その店を止める時は鍋を背負って辞めると。しかし私の時代には、いささか見る事が出来ませんでした。このように調理道具などを可愛がる事により、その道具で造り出した物はそれ以上に愛くるしくなるのです。料理はお客さまに出して食べてしまえば終わり。しかしその前のほんの一時の満足感が忘れられず、また造る、そんな事を感じながら料理を作ることが出来るのも、これらの修行の過程で生まれてくるのではないかと、前にも述べましたが強く感じさせられます。
こんな事が頭に埋め込まれているので、アメリカで仕事を始めまして洗い物をする人など日本から来ませんので地元の外人を下働きとして雇いますが、鍋の底を磨くようにと言っても「なんで底を磨くのか?」。不思議がられます、色々な事で理解してもらえず、意見が折り合わず、と言うよりはお互い言葉が分からないので最後は「うるさい!バカヤロー、辞めちまえ」でいつも終わりです。相手は何を言われているのか訳分からずキョトンとしているだけで、何人の人達を辞めさせたか……こんな事では、とても人を使う事が出来ないと思い、
土・日曜日の午前中は仕事がないのでボランティヤで英語の教室を開いているところへ行ったり、プライベートなレッスンを受けたりしましたが、なかなか上達しないまま現在に至っております。
最近は日本人の若い調理関係者でも、なんで鍋の底を磨くの?と疑問を持つ人が居られるのではないかと……?

                 2003年/11月中旬更新

日本を離れて約20年、アメリカに来まして沢山の日本の料理人(自称)の人達と一緒に仕事をしましたが最近、鍋を磨いているところは見た事がありませんので、たまに私が磨いております。最近と言えば、話は少しそれますが日本の料理学校について不思議に思う事が少しあります。調理師免許を取得できる事は非常に良い事ですが最近は学校によっては、ふぐの免許まで与えてしまう学校があるそうですが、私には理解できません。現在の東京、神奈川などのふぐ条例はどのようになっているのかわかりませんが、私どもは東京都は「ふぐ取扱業取締条例」。神奈川県は「ふぐ庖丁師」の試験に合格しなければ通称、「ふぐの免許」は取得することが出来ませんでした。調理師免許は学科試験だけで取得できましたが、ふぐの免許は“庖丁師”なのです、(今現在はなんと言ってるか定かではございません)私は“庖丁師”に憧れてこの試験を受けましたが最初は失敗に終わりました。30分以内にトラふぐをさばいて、内臓の鑑別、内臓を一つ一つ名札の所に置いて、背と腹の皮にある棘をすいて、ふぐ刺し(うす造り)を作り終わるのですが、試験官は、神奈川県の時は受験者一人に対して一人の試験官、東京都は四人に対して一人の試験管が付いたと思います。緊張してすぐ指を切るのです、血がでたら終わりです。私はどちらの試験でも指を切りました、それからふぐの種類の鑑別も試験に含まれていましたので、朝早く、仕事前に横浜から築地まで行きましてふぐの種類を見たり、冷凍の安いふぐを買いまして練習したものです。
ある日、ふぐの免許を持っているというので「平目“薄造り”頼むよ!」返ってきた返事が「薄造り……?」チョット……。おまえ“ふぐの免許”持っているだろう?。はい持ってます。なんで出来ないんだ?。 学校卒業したらくれました。 なんの学校?。 調理師学校です。こんなやりとり、調理場の中で漫才してる訳じゃないんでよ、でもこれが現実なんです。私がこの仕事に入りました時にも調理師学校なるものがありましたが女性の方の花嫁修行の場で、男子生徒は皆無だったと思います?
今時の調理師学校なんとかなりませんかね?立派な本を書いたり、私どもが先生、師範と呼ぶ立派な方々が校長先生、講師に就いておられるのでもう少しなんとかお願いしたいものです。 話を元に戻しまして、
サンディゴですが、2年も過ぎると色々なことを取り入れて仕事をしましたが、仕事の内容は落ち着き、カリフォルニアとメキシコの国境の近くにある町なので私、田舎者には最高でした(6月に来ましたのでちょうど乾季の時期だったと思います)のんびりと、天気は毎日晴れ、雨が降ると最初は珍しくて表に出た憶えがあります。通勤は電車もバスもない郊外、車を使うので何時も下駄履きにダボシャツ(仕事着のまま)、休み時間に出かけるのもこのスタイル、ファミリーレストランに行くにもこの格好、ウエイトレスに”そのシューズはなんだ“?、そのシャツどこで買うのか?等と聞かれることもしばしば……  そんな生活で4〜5年目が経った仕事は惰性の仕事になってしまったと思います。そして1985年にニューヨークで仕事ができるチャンスに恵まれました、(しかしその時はチャンスとは全く思いませんでした)ニューヨークの食の事情も全くわかりませんでしたから……これからが大変でした。
      
                   2003年12月中旬更新
ニューヨークに来まして、マンハッタンのスカイラインを見た時は感激しましたが、マンハッタンに入りますと街の汚さに少しがっかりさせられました。何ヶ月かが過ぎた頃には、ここは人間の住むところでは無いと思うこともしばしば……今でもたまにはそう思うことがあります。しかし仕事をする上でこれほどの刺激を与えくれる、また魅力のある街はないと思い20年が過ぎ去ろうとしてますが……私どもが来た当時は、まだ日本食ブームにあやかり何を出してもまあまあ受け入れてくださったし、また日本がまだバブルの終演を迎えていない頃なので日本の商社、観光客、面白いように何も考えないで今迄の料理を作れば売れた時代でしたが、今や日本食はブームではないのです(寿司は現在、日本食を代表するフードとしてブームになっておりますが、ニューヨークでは、そろそろ峠は越えるのではないかと思います?)テリヤキ、テンプラ、スキヤキ等は私には遠い昔の料理のなってしまいました。どうしたらマンハッタンで現地の方々が認めてくれる料理を作れるかがここ何年か、また、これからの自分に科せられた課題であります。日本食に従事している我々が日本での発想の延長線上での仕事をしてまして、つくずく感じさせられたことは、20年の経験はあくまでも経験であり、庖丁使いが早く、奇麗(格好が良い)これぐらいの上達しか身についていなかったのでは?。もちろん10年、20年の経験は貴重なものですが、ある程度経験を積んだら、“研究・開発”をすることにより、それ以前の経験が光を増すと感じます。経験だけでは渡り歩けない時代なのです。以前、マンハッタンに新しくオープンした日本食のレストランに行ったおり、席が無いからカウンターへと案内させられ、カウンターの中央に席を設けましたが目の前には若い職人が刺身を引いてる場所があり、刃渡り尺三寸(約40B柄を入れると60B弱)になろうという庖丁で刺身を引いており、若い人が観ればカッコ良いスタイルでしょうがカウンターの後ろは人が通れないぐらいのスペースなのに“長い庖丁”を振り回すことは結構なことですが、なんと使い終わると私の目の前30B位の所(カウンターは普通俎板が見えないように目の高さ迄 L字型に作ってあります)に置き、又オーダーが入ると目の前から取り……3本の庖丁がカウンターのお客さまの目の前に置いて仕事をしてましたが、私は一時間以上鳥肌がたったままでした。私は酒は飲めませんが、もし飲んだ勢いで 悪ふざけ・お客さま同士の口論など色々アクシデントはあるのです(庖丁は絶対調理従事者以外に手の届かないところに置くのが常識中の常識、だから私達が若い頃は経営者ですら調理場には、黙って入れませんでした。今こんなことを言っていたら即座にクビですが!!!))これなどは経験上カッコ良さを充分身につけ、カウンターでの接客などは何も考えずにただ日本の延長線での料理を出していれば……となんとも嫌な雰囲気で食事をした憶えがあります。『マンハッタンは経験は長いからと云って通用する土地柄ではないと思います』。
日本料理では北大路露山人が「器は料理の着物」。先達が「器は目で味わう」等との器に関しての言い伝えはありますが、確かに日本料理では器でお金がもらえるのですが……
それじゃ今、流行りのマンハッタンのレストランのシェフ達はどんな器を使っているのか?
九谷焼でも織部、有田でもない、ただの白地(器の値段はピン・キリだと思います?)に日本のシェフ以上の料理の表現を醸しだしてます。料理そのものが“俺は器など何でも良い、とにかく食え”と叫んでいるように私には感じ取れる程  

                 2004年01月下旬更新
単純なデザインの器に見事に料理が盛り付けてありながら、味も繊細で私などとても及ばないと今でも思いながら、研究・開発を続けている次第です。日本料理を「日本国内では何の欠点もない最高の料理である」と日本人は信じておりますでしょうが(もちろん私も今でも最高と信じておりますが)、海外で長い間仕事をしていますと日本料理の欠点を実感する事が稀ではないのです。私も立派な日本料理を少しアレンジしまして綺麗な着物を着せずとも見栄えのする物へと表現するのに今だ試行錯誤しております。綺麗な着物を着ていれば“ わーきれい”何となく料理そのものが噐と一緒に評価されているような気がするのです、どうしても日本人ですと器の良さを理解できるので目の前に出された時に全てを評価しその勢いで料理を食べているような時もあるのではないかと?。これが日本の“料理文化”を知らない人達ヘ出した時、その人達は料理を食べる為に注文をしたのであって、料理にしか興味がないのでは……
ほとんどの流行りのレストランは何の模様もない、白地の器で前菜からデザート迄を盛り付けております。けして貧弱には見えません。日本料理をそのまま盛り付けては全然冴えません。どうしても少し変えなければ見栄えはしません、また、味も少し変えなければなりません。これらアレンジをする上で必ず頭に入れておきたい事は、日本料理の歴史、語源、など充分に理解し、それらを考慮してアレンジしていかないと日本料理ではない、訳の判らない料理になってしまいます。私は常に何故、日本料理なのかと聞かれたら、説明できるように料理の歴史、語源などは時間の許す限り昔の本を読みあさっています。色々な料理を作りだし、また昔の料理をアレンジすることで、これほど料理の歴史や語源を理解することが大切な事だとは日本を離れてみて初めて知ることが出来たようなきがします。最近は何百年も前の日本料理の歴史の中から、現代に通ずる新しい料理の一皿を作り出しては、結構楽しく庖丁を握っています(自己満足かも?)。
若い頃良く聞かさせれました、“追いつけ、追い越せ”“金の稼げる職人になれ”“金は腕についてくる”。
まず兄弟子に追い着くことそれから追いこすこと……追い着くこととは、何を作ってもその人と同じく理解し、同じ物ができて初めて追いついたことになる。追い着くことも出来ないで追い越そうとする人がいますが、こんな人が作る料理が私の生まれ故郷、茨城県で言う方言「ごじゃっぺ」な料理になって世に出るのです。
残念ながらニューヨークの日本レストランではこのような仕事が溢れ(人材不足もあるのでしょうが?)、また食べる方々もそのような物に、お金を払って抵抗無しに食べているのですから、私共がとやかく云う物でもないのでしょうが……。
最近になりまして、時たま働きたいと面接に来ますので、いろいろ話をしますが必ず給料と休日の質問はあります、一番大事なことですもの仕方ないと云えば、仕方ないでしょうが今どき,奴隷を雇う訳ではないんですから、休みと給料ぐらいはどの店でも人並みには休ませたり、払ったりするでしょう。自分の技術にもっと自身を持ち、もし新しい店で自分の技術が他の人に比べて少しでも落ちるようなら勉強し努力する事が大事なんです。給料の高い人が歳の若い、給料の安い人より仕事が出来なくては経営者は納得できないでしょう?。でも本人が努力家であり、

                 2004年 3月上旬更新
技術が伸びれば“金は後から腕に(技術)付いてくる”ことでしょう。何の技術も同じですが、技術者はお金より技術を身に付ける事が大事だと、私の経験では実感します。
洗い方と煮方(今どきこんなことを言っても、そんなシステムが徐々に薄れてきていますが)を長く経験した人(しっかりやった人)。又仕上げに焼き方、煮方を再び長く勉強した方が技術面では最高の職人ではないかと思います。
今は情報が秒刻みで飛び交う世の中、食べ物に関しても同じ、素人でさえ興味があればインターネットで料理の作り方、旬、生産地、歴史、料理の由来、何でも調べられる世の中、コンピューターが作動すれば一分以内に検索できるのですからプロはそれ異常に勉強しなければ、少し料理に興味のある素人には知識では負けます。
特に海外で仕事の従事している方、日本人で通ぶるお客さん等と話をする時、それらに媚びらず、その土地土地の、日本では、おいそれと出来ない料理(例えば、食材が安価で手軽に入る)等を注釈をつけながら勧めてみるとか……日本人のお客さんで通ぶり、どうしても日本と同じような料理が出てこないと納得しないような方が時たまおりますが、お客さん自身も今どこで(日本か海外か)食事をしているのか錯覚をしてるのかと思います。私はアメリカと日本の仕事だけであまり能書きは言えませんが、海外で仕事に携わってる方でまだまだ日本の食材、日本と同じようなシステムを求められている人もおられるでしょうが、もっと現地で調達でき、同じ食材でも日本より安価に手に入る物もあるのです。それらの素材をなんとか料理に生かして、日本ではなかなか真似の出来ない日本料理に挑戦して見ると、仕事の幅が広くなり面白くもなります。今はどうか判りませんが、私がアメリカへ来た時代は、「海外から帰った職人は使い物にならない!」と言われてました、現実に何度も耳にしました。事実、私がアメリカに来ました1980年当時、西海岸(ロス、サンディゴ)ではありましたが、どこの店に食べに行きましてもこれじゃキャリアにはならないと思いました。しかしニューヨークへ来まして数年が経った頃は、日本の板前さんでは、なかなか経験できない仕事も(アメリカで手軽に入る食材で)沢山でてきますし、キャリヤも充分に身につける事が出来ます。日本で外国帰りの職人さんが使い物にならないと言うのは、前に述べたように国外にいる間、何の努力もせずに、ただひたすら日本での仕事をそのまま持ち込み、受け入れられなければ辞めて他の店に移り、又移り……これでは国外にいる時がポカット穴の空いた空白に時間となり国外に居れば居る程、国内でも海外でも使い物にならない職人が出来上がります、幾つになっても、どこで仕事をしようと、日本料理の本道を絶えず追求しつつ努力と勉強です。料理を提供する仕事ぐらい自分の技術を商品と共にお客さまの前にだし、直接の批判をされる職業はあまりないでしょう?。お客さまは直接口には出さないでしょうが、腹のそこでは“この店はまずくなった”“今日の料理はいつもと違う”“シマらない料理だ”と色々批判されていると思います?。常に我々が出した料理は一人一人のお客さまから直に見られているのです。一品、一品を丁寧に味付け、そして見た目に奇麗に作り上げる心を持ち合わせてほしいものです、そのようなことを心掛けることにより、皿を洗う場所で下がってきました器を観ているとお客さまがどのような気持ちでこの一皿を食べたかが伝わってきます。

                        2004年 4月中旬更新
昔と違い、日本では欲しい物があれば生産地から早ければ当日、遅くとも翌日には採れたての野菜、魚(活魚)が手元に届く時代、情報だけが氾濫し、新鮮な一流の食材で作る料理は素人が作っても旨いと思います。しかし、まだまだ全ての職人がそんな環境で仕事をしているのではないと思います? 地球の裏側でも表でも同時に情報が得られる時代、それを頼りに料理を作る。前にも述べたように、日本で作っているからと、材料を日本から取り寄せアメリカで同じ方法で作る、まったく通用しない料理が数多くあるのですが平気で出せる神経には時たま驚きます、生鮮食料品が日本からニューヨークに届くには最低3〜4日は過ぎてしまいます、物によっては一手間加えなくては商品にならない時もあるのです、その辺の基礎技術が迷子になっているようにも思えます。こんな環境だからこそ“廃物利用”なる技術、少し鮮度の落ちた食材を美味しく食べてもらうには……との技術研究は欠かせないというよりも“絶対必用”なのです。
これらを乗り越えなければ海外でのキャリヤは認められないと思いますし、また乗り越えれば、ニューヨークは現地の仕事の方が日本での仕事より断然面白いことと確信しております。前回「海外から帰った職人は使い物にならない」と言われていると書きましたが、この三月、一時期国しました折に、面と向かって同じことを言われました。私もその一員だと認識した次第です。そんな風に言われても仕方ないことが沢山あるのです、このニューヨークでも、プロの方にしか解らないでしょうが、ほんの一例ですが……皆、伝統のある日本料理なのですが
*塩釜焼きと表示しながら、塩釜で焼かず、串を刺して焼き目を付け、それを塩で出来た器に盛り込んだだけ。

*奉書焼きと表示しなながら、包む紙は奉書紙でない、クッキングシート。

*祐庵焼きと表示しながら、なぜか西京味噌がのって焼いてある。

*“凌ぎ”(献立中にある料理に付ける名称)です、と出された料理が何と八寸皿に、オレンジ釜に和え物、生魚のタタキのようなもの、腕程の太さの鰻の押し寿司等色々。

“凌ぎ”とは献立の途中で一寸した料理で別に“箸休め”とも言い、一口ぐらいで終わる料理、例えば「飯蒸し」等、茶懐石では「箸洗い」にあたるものと聞いておりますが、この一皿を食べたら他に何も食べられなくなるぐらいボリュームたっぷりの料理を出され、ガクゼンとした憶えがあります。(ちなみにこの店は以前、ニューヨークタイムズで三ツ星を得た店です)
こんなことばかりが、まかり通っているのですから使い物にならないと言われても仕方ありませんし(料理としては、何とアレンジしても良いとは思いますがその時は料理の名前を自分のオリジナルとして名前を付けてもらいたいものです)、そんな店がメディアに取り上げられ繁昌してる昨今なのですから……へたをすると、料理の勉強をしている人達が、有名になってる店なのでそれらが正しいと勘違いして、説明するのがバカバカしくなる時があります。
昨今一流ということは、なんだろうと?

                  2004年 5月下旬更新
今、一流店(料理店)には二通りがあると思います、これはまったくの私の思うことで当てはまらないこともあるでしょうが……
一つは、ただ単にメディアが取上げ(これはアメリカの場合日本料理を理解しないまま、といっても評価する人が日本人でない日本の文化を知らない人ですから)観光客等で有名になる一流店。
もう一方は、雰囲気で決まる一流店。私はこれが本当の一流ではないかと思います。
雰囲気とは何から造り出されるか? 一口に言えば“仕種”からだとおもいます、歩くしぐさ、料理(物)を運ぶしぐさ、テーブルに物を置く時のしぐさ、お客様の質問に答えるしぐさ、それぞれの行動を起こす時のしぐさが大事なのではないかと?今は、「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」。は我々水商売のサービスには含まれていないのです。
一流店の料理は材料が違うから値段が高い!確かにそうです、しかしそれらを食べる人達は食べた時、これは明石の鯛だ!これは三陸で獲られた穴子だ!いや瀬戸内で獲られた物と言われても、食べる本人は何も言われなければ“旨ければ満足”するものです。
昔の言い伝えに「江戸時代に近江(滋賀県)の茶人、北村祐庵。堅田の浦(かただ)というところに住んでいたので「堅田祐庵」とも呼ばれた。水をなめれば、琵琶湖のどの辺で汲んだ水か、石をなめればどこの国の石かぴたりと当てるほどの舌の持ち主、木や竹に至るまで、ひとなめすればたちどころに出所やよし悪しがわかる神業人間の伝説の持主」。
こんな伝説があるぐらですから今日でも日本では産地等にこだわり、高いものを使い(食材のブランド化)、それが一流と思う料理人が多くいますが、料理は味です。二流品、三流品でも構いません一流品に負けない味を出すのです、これが技術でありプロの仕事ではないかと思います。そんなことを考えながら一流と云われる店で物を食べても味は殆ど私共と同じような気がします。
ただ“しぐさ”には確かに圧倒されます、その仕種によって料理が非常に美しく、旨く感じることは確かにあります。まさに“一流は雰囲気から”造り出されるのではないかと?。
食材のブランド化これもまた職人(料理をする職人)にとりまして厄介な問題なんです。素人さんでなじみがある関さば、関あじを例にとってみましょう、これらの魚は基本的に生で食べるのが一番旨い、しかし、商売をしていまして、その商品がその日の内に売れるのか?又、それを買ってきた我々がその日、次の日にお客さまに食べてもらうことができるのか?水揚げされて4日も経ったサバは生ではどうもお勧めできません、値段は普通のサバに比べて何倍もする、仕方なく、例えば焼く、煮る方法をとりますがこれらの魚は日を通しますと旨さは他のサバ、アジに比べて数段落ちます、コロッと太ったサバを最初は酢で締めて、次に味噌煮、塩焼きにした方が味があるのです。普段我々は一つの食材を順を追って加工し、毎日の料理を旨く仕上げるのが常套手段なのです、生から始まりまして、生で勧められなければ「焼く」次に「蒸す」「煮る」「揚げる」その過程で色々タレ等を考えて添える。これが“料理”じゃないかと思います。前にも述べましたが、魚屋さんで生きの良い関サバを刺身にしてもらい家庭で奥様が器に盛り変えて食卓に出して食べれば、何倍ものお金を出して料理屋さんで食べるものと同じなのです。焼く、煮るの段階に来ますとブランド品は価値がないのです、価値があると思う人は(使い道によっては非常に価値があります)、料理が理解出来ない人なのではないかと思います。

                    7月上旬更新
時折、日本に帰りまして野菜、フルーツ(魚はニューヨークでも勝負になるものがいくつかはあります)等を口にしますと、自分のしている仕事がダメじゃないかと打ちのめされることが良くあります、あまりにも旨すぎる!。ナス、キュウリ、ホウレンソウ、ダイコン何を食べてもニューヨークにはない味なのです。北米でも日本と同じ種を持ち込みまして色々な野菜を栽培していますが足元にも及びません、しかし我々は毎日それらを使わなければなりません。そこで、それらの味を悪い言葉で云えば「どうごまかすか」、ごまかすこととは手を加えることなのです、手を加えることは基本を知りつくし技術がなければ無理なのです。
魚屋さんが時々、生ウニを「三分の一の値段でよいから沢山引き取ってくれ」と私に電話がありますと喜んで引き取ります、ウニを加工している過程でミスがあり、少し柔らかく見た目の悪い、生ウニとしては売れない(新鮮に見えない)商品が届くことがありますがけして古いものではないので喜んで手を加え一つの商品としてメニューに書き添えて出しますと「これは旨い!」との返事が帰ってきた時、値段の高い良い食材を使いました時より何倍もの嬉しさが加わり料理人になって良かったと、つくづく思うことがあります。
少し兄貴(日が経ったもの)の材料これらを上手く加工することが出来なくては、まずいものを食べさせるか、処分するか、二つに一つの方法しかありません。まずければ次は来てくれません、処分していては原価率が上がり儲けが少なくなります、儲けが少ないと我々の手間賃(給料)も上がりません。
以前、日本のテレビの料理番組(ニューヨークでの日本語の放送、レンタルビデオテープ)等をみていますと野菜は契約農家、魚は今朝、水揚げされたもので作らなければ料理じゃないと言わんばかりの番組だらけですが、まったく私達には,いい迷惑です、もう少し違う立場からと言っても、プロデュースする人が料理に関しては素人なので仕方ないと思いますし、素人受けに作らなければ視聴率は上がりませんからどうしようもないのでしょうが、最近は全然観たいと思いません。我々が画面を観てこれはとてもと思う物も(例えば海外から入っている冷凍物、例として蟹類、塩茹でしてある鱈場蟹等、かに鍋に仕立て “うまい、うまい”と……私どもは一度茹でたカニを、またカニ鍋には仕立てません! )、日本の鍋文化にメインになる食材が完全に火が通っているものを使って鍋にしているものは私の知る限りでは何もまだ出てきておりません。レポーターが何も知らずに言うセリフは、いつも決まり文句。なんと馬鹿馬鹿しいか。悪い言葉で言う「素人だまし」と言っても過言ではないでしょう?
私は英語も解らず、アメリカの料理番組を私は良く観るのですが、食材に関しては「どこそこの何々が良いとか」等聞いたことがありません。ただ料理の内容によっては、アメリカ産、メキシコ産、ヨーロッパ産等と言っております、あくまでも料理の内容によって材料も良いもの安いものを使い分けているようにおもいます。

                       8月下旬更新
最近、日本のメディアで「食育」というものを取り上げていましたが、これが日本の食に関する知識を少しでも軌道修正するのでないかと期待はしているのですが、なかなか難しいことだと思います。食材はどのようにして育て扱われているのか「山村留学」等と云いまして、現在子供達に農作業に従事することを勧めるシステム。それらの食材等の基本的な食べ方(昔ながらの、煮る、焼く、蒸す、揚げる)。もちろん新しい世代の斬新なアイデアは非常に貴重ですが“奇食”に近いものもあるのではないかと……?と言ってもどこで“奇食”と“正食”どこでラインを引くかは各々が子供の頃からの食生活でおおいに左右されるところがあるので難しいことなのです。私は試みたことはないですが、本や新聞等で読み今でも記憶に残ってる物として、「納豆に砂糖」、「茄子にチョコレートソース」これらは、試したいとも思いませんが……
納豆が出ましたが水戸で生まれ、育ったものですからもちろん納豆は好んで食べ、いまでも冷凍の納豆を食べてます。納豆菌は長期に冷凍にしておいても変化がないので味は殆ど変わりません。
何故、水戸が納豆で有名になったか?
戦後、衛生面から藁(ワラ)づと入が消え、経木やビニール袋、そして現在は発砲スチロールの箱と味気なくなった中で水戸だけは、藁づとを使った「つと納豆」の伝統を守っている製造者がおります。関東の納豆が、浜納豆や大徳寺納豆と系統を異にする「糸引き納豆」とし、昔風のワラ苞(づと)納豆で、水戸のおみやげとして人気がある。納豆というと、何といっても本場は水戸。「水戸」という地名が、納豆の代名詞にもなっているほどだ。水戸の納豆を有名にしたのは、戦前に水戸駅のホームで、納豆売りをはじめたのがきっかけ。これがおみやげに、大評判になったという。そして、味のよい小粒大豆がとれたこと。近くを流れる那珂川は、昔は台風シーズンになるとよく出水した。その出水の前に収穫できるものを作らねばならず、厳しい自然条件に合わせて栽培されるようになったのが極早生の小粒大豆。この大豆は、納豆菌の繁殖にも適していた為、極めて味の良い納豆になった。(月刊日本料理・日本経済新聞より)。
何故、藁苞なのか?それは、藁には天然の納豆菌が付いているので柔らかく蒸した大豆を麦ワラで苞(ツト)を作り蒸した大豆を詰めて42°ぐらいに温度を保つと(我々の田舎では昔どこでも室(ムロ)がありましたのでそこへ一晩入れておく)出来ました。
話を元に戻しまして、色々な試みをもって子供の頃から食に関する知識を少しでも良いから教えることにより、いつもものように新聞紙上をにぎわしている「期限切れ」「偽表示」の問題等も消費者が理解することにより少しは少なくなると思います?。「食育・山村留学」このようなシステムを数年後、リタイヤしましたらボランティヤで、出来ることがありましたら携わってみたいと思っております。
海外で仕事をしていますと日本からの輸入品に付いている「賞味期限」がいつも目に付きますが、生鮮食品以外はほとんどの物が船で運ばれてきますので乾物類等は日本を出ますと北米に着き、我々の手元に届くのは約3ヶ月かかりますので届き次第すぐ賞味期限が近付いているものが沢山あります、一般の小売店では非常に困る問題と察しますが

                    10月上旬更新
乾物類の中には、あまり賞味期限を限らなくとも問題がないものが多くありますが、
日本の規制上添付しなければならないとの事情もあるのでしょが……消費者がどのように理解するかが問題で、これらの問題も教えることにより賞味期限が切れた翌日に廃棄処分することはないと思います?。
食に関する民間資格が人気を得てるそうですが、「ソムリエ・ソバリエ(蕎麦)・ベジタブル&フルーツマイスター・日本茶インストラクター」と沢山ありますが皆、民間の組織が認定するもので、ある程度の講座で資格取得出来ると人気があるようですが、“ハイ受講料がいくら、いくらでハイ認定書”では……やはりこのようなことは経験重視で資格認定しないと間違った方向へ進んでいるようで不安になります。食品に感心が高まって良い意味で理解することが今まで以上に深まれば良いのですが?
もう10年以上前ですがニューヨーク市でも日本のように飲食店を運営するには調理師の資格をもった者が一人居なければならない、と同じように [FOOD PROTECTION]と云う資格を持った者が居ないといけないと云うので、講習を受け資格をもらいましたが、なんせ、英語で講習を受けてもチンプンカンプンで何も理解できませんが今までの経験でなんとか相手が何を注意するように(食品の保存・管理等)言っていることは少しは理解できるのです。
その資格は私自身には今の処何の意味もないものなのです、食品の管理・保存法法等は若い時に怒られ、怒鳴られ教え込まれましたので、そちらの方が今でも貴重な存在なのです。
ちなみに、現在日本には、ソムリエの国内認定者が一万人を越えているそうです、ワインの本場フランスではフランスソムリエ協会の加入者は1200人。協会に入れるのは「国家資格に関係なく十分な実績がある者に限られる」また、イタリアではイタリヤソムリエ協会が認定している総数は800人ぐらいと聞いております。
もともとこれらは免許制ではないので誰でもが名乗る事が自由だそうです、こうなると最後に「良し悪し」を判断するのは消費者の皆様なのです。
日本料理で有名な、今は亡き「日本料理名誉師範・山下茂 四条流十二代家元」がある時の料理勉強会での講習の一部を読んだことがありますが
「お客さんが料理屋に行き金を払って食べようとする物は“うまい物”であり、専門的な腕を生かし、中略……世の中の風潮だからといって、我々が売る料理までが病人料理になってしまってはいかん。味噌をやっても、醤油をやってもみな塩分を控えろ、糖分を控えろ。そのような声に我々が押されて、まずい日本料理がたくさん世の中に出回っている。我々はそのような言葉に惑わされず料理人として正しく信念に向かって突き進んで……」
とありましたが、我々にかかってくる評価は、まず最初に「旨い・不味い」です、賞味期限がどうの、野菜の産地がどうの、魚が今朝水揚げされたもの、これらは自分で見て確かめるれば良いのです、魚等いくら新しくてもその後の保存の仕方、管理等が悪いと使い物にならない物が結構あるのです、特に鮮魚等は日本人以外の仕入れ業者からは今だ買うことが出来ません、なぜならば「鮮度」に関して大きな考えの開きがあるのです。このようなことも、子供の頃から我々日本人は食生活で鮮魚を扱う機会が多くあり、親、先達等から見て覚えて知識があるからだと思います。 何年か前、あるテーマパークの中にあるレストランで賞味期限の切れた食品を使い、大きく取りただされていましたことを思い出します。どのぐらいの期間が過ぎたのか、何を使ったまでは書いてありませんでしたが、さぞ大きな打撃を受けたことだと思いますし、料理長も解雇になったことが後に出ていましたが、色んな意味で少し残念に思います。最近になり賞味期限は「一応の目安として考えてください」等と新聞等で取り上げていますが……
「賞味期限が切れたので」と。仕入れ業者が「家庭で使用して下さいと」くださる物に良く乾麺が出てきますが、これ等は食べてからとても賞味期限が切れた物だとは我々に判断できない程のしろものです。食べて“旨い”と判断すれば満足すると思いますし、ニューヨークのある食料品店では、賞味期限の切れた品物を一つのコーナーに陳列して安く販売している店がありますが、売る人も、買う人も、食べて“うまい”と感じるものならば賞味期限等あまり気にしてない人もたくさん居りますし、このようなことも、その人達の食に関する知識の自信から出てくるのではないかと思います。また他にも、塩分の取り過ぎは健康に悪い悪いと言いながら「減塩醤油」を要求するお客さまがおりますので私どもの店でも特別な物を日本から取り寄せていますけれど、これが非常に旨過ぎる醤油で味が薄いので飲んでもかなり飲めるような代物なんです、(値段も他の醤油に比べて非常に高い)どうしてもお客さまは使い過ぎているのです(調理には使わない)、塩分は少ないが旨いといって使い過ぎては、減塩の意味がないのです、食べ終わったあとの塩分摂取量は同じになってしまいます。
これならば、普通の醤油を使っても塩分摂取量は変わりないことなのです、これ等も消費者がどう判断するかです。本当に塩分を取りたくなかったら、刺身をオリーブオイルとか酢で食べれば良いと思いますし、実際にそのような方もチラホラおります。雑誌で見た、テレビで観たではなく
“自分がお金を払って食べるのなら「旨い物は旨くして」食べるのが一番!”塩が多くても、砂糖が多くても賞味期限が切れてても、食い物は旨いが一番!
チョット庖丁人生とは懸け離れたテーマになってきましたので、このコーナー少し休みたいと思いますので……トップページにて表示します。写真集やトップページはいまのペースで更新しますのでよろしく。次回からは、また色々と味に付いて私なりの考えを勝手気ままに述べたいと思います。

                     11月下旬更新

ここで少しまた、味付けから日本とアメリカの食文化の違いを前とは別な視野で、料理を造り出す立場で私が気が付いたことを述べてみます。

*なぜ辛い食品が流行るのか?
日本料理でも五味、五法、五感、五色が代表されていますが、五感とは、塩味、甘味、苦味、酸味、辛味と思っていましたが、最近九州大学の教授がいうには、五感に「辛味」は含まれていないと……。理由は、辛味とは人が舌の味細胞で感じ取るものではないからだそうです。痛覚を刺激する、つまり痛さなどを感じ取る細胞を刺激して感じ取る物だそうです。つまり辛味は、味の中に含まれていないのです?。辛味は味の仲間に入らないそうです。
カレーやキムチの辛味は味ではないのか?。そう云われると、なるほどと思う事があります、カレーでもキムチでも塩味等が抜けていますと、とても旨いとは感じられない物です。最近色々な味付けをしていても、何か物足りない、味がはっきりしない、このような時に少しの辛い物(豆板醤、七色唐辛子、コチジャン味噌、等)を加えることにより、何となく味が出るような気がしますが、これは辛味で、舌の味細胞が一瞬、麻痺して他の味が分からずに、辛いから「旨い」という結果につながるのではないかと思うようになりました。何となく辛い味付けはごまかしの味なのではないかと?。
しかし、昨今のアメリカの寿司は、「スパイシー」の注文が多いのです、鉄火巻、ハマチ巻き、等色々な巻き物にスパイシーソースを加える巻き物のオーダーがあります。
私も、職場で七年前程からアペタイザーでスパイシーの天麩羅を出していますが、最近では普通の天麩羅よりアペタイザーでは「スパイシー天麩羅」が主流になってきましたが最初、思い付いてメニューに書き込んだ時は、(まだ、何処のレストランでもなかったと思います)不安でしたが、日が経つにつれて良くオーダーが入るようになり“正解”と思っておりましたが、味ではなく、“刺激”(マッサージや針灸と同じ刺激で心地よいのと同じような物)と分かって、少しショック!!!
でもお客さまが“旨い”といってオーダーがくれば良いとしましょう。

*豆腐の苦味??。
苦味は五味に含まれている味。
日本の皆様は、豆腐は「苦くない」と、お思いでしょうが、豆腐の基本の作り方は、最後は必ず水に落として、しばらくの間流水をあてておくと思うのですが、最近は、色々な道具を使い、色々な方法でその場で豆腐つくりを楽しみながら食べる豆腐が出てきておりますが、どうしても水に晒さないと苦汁の味が残ります。日本人の感覚ではこの苦味は豆腐に関しては旨味に感じられますが、欧米人にはだいぶ苦手なようです。何故ならば食べ物で“苦い”という味は子供の頃から「薬」意外の物で味わってないとか?。
アメーバーとか単細胞動物も“甘い味、苦い味”両方を与えると総てが苦い味からは逃げて行くそうです。ニューヨークでも色々な豆腐をジャパニーズレストラン造り出しておりますが……      昨年帰国した折り、友人が豆腐にアンチョビをのせオリーブオイルで勧めてくれましたが 

                         12月下旬更新

これを参考にアンチョビでドレッシング(オリーブオイルはジュースのように飲める最高級のオリーブオイルを選んだ方がよい、アンチョビは塩味がきつくないもの)を作り、醤油とどのように味が違うか食べ比べてみましたが、アンチョビのソースは醤油よりもコクのある豆腐と云うか、醤油で食べると日本人好みのさっぱり味の豆腐本来の味。アンチョビソースはコクがあるような強い味になるので苦味を感じ取ろうと思っても感じ取れない、欧米人向けの味だと思いました。
私も数年前からアボカドのスライスを入れた豆腐を作りメニューに載せておりますが、苦味が感じられないように気をつけておりますが、また日本人の感覚では、ほんのりと“にがり”の味がしないと豆腐の“うま味”が半減してしまうのです、我々は生まれた頃からまず「離乳食」でほとんどの人が口にしてると思います。夏の暑い時は「冷や奴」、寒ければ「湯豆腐」、虫歯等で歯が痛ければ「豆腐」と、日本の食卓には欠かすことのできない食材になっていますので、豆腐が“苦い”といいますと「バカなこと言うな!」と怒られそうですが、特に手造りの豆腐は(笊豆腐、おぼろ豆腐等を食べる時に苦味を感じ取ろうと思い食べると最後に必ず苦味が残ります、気にしないで豆腐を食べていますとさっぱりと美味しい豆腐になります)気をつけないと欧米人には敬遠されます。市販されていますパックの豆腐等は苦汁だけで固めず凝固材等を使いますのであまり苦味はあまり感じません。鍋の材料等として使いますと色々な味が加わりますのでよいかと思います?。苦味を押さえようとニガリを使わず冷たい料理にはゼラチン、寒天。暖かい料理には卵白等を使って固めましたが味は豆腐の味ではなく豆乳の味しかしないのです。
豆腐を醤油で食べ比べましたと言いましたが、日本料理は調味料としてあまりにも醤油を多種にわたり使っておりますが、これがなかなかの曲者でありまして、醤油を使わずソース等作りますと、どうしても日本料理とかけ離れていると考えの方もおられると思いますが逆を考えれば醤油があることで日本料理での色々なソースが開発されなかったのではないかと思います? 冷や奴(豆腐)を何で食べますかと日本人に聞けばほとんどの人が醤油と生姜、葱、等がその答えの中に入ると思います。刺身、煮物類、焼き物のタレ、揚げ物の付け汁、酢の物の酢、すき焼き等、殆どの日本料理に醤油は使われているといっても過言ではないと思います。日本料理は“うまい醤油”の為にソース類は限らてしまい他には何も考える必用がなかったのでしょう?。あまりにも醤油に頼り過ぎているので、といいましても今や世界で認められている”soy sauce”であり、塩は使わずに色々な料理はできますが、醤油を使わず色々な日本料理を作ることはなかなか大変なことではないかと思います。「冷や奴にアンチョビドレッシング」日本人の方々から意見を聞けば“豆腐はやっぱり醤油が旨い!”少し違った物で勧めると創作料理、フュージョン料理といわれるでしょうが私はそのようには思いたくないのです。日本の食文化を知らない人達は「冷や奴=醤油」ということはないのです、「天麩羅=天汁」でもないと思います。日本の食文化を教えるのであれば絶対これでなければなりませんが、レストランで食文化の違う人達に食を勧める時、たまには醤油のこだわりを捨てて料理を造ることにより新たな発見があるかも知れません。「思い込みは知らぬ間に料理をつまらなくする」ことも?!?!。

                     2005年 2月上旬更新
海外で仕事をしている料理人、皆色々な考え方を持って挑戦していることと思いますし、そのような料理が創作料理とか無国籍料理、フュージョン料理として日本国内で数年前までもてはやされていたのではないかと、今になって思います。しかしこの地で仕事を続けるにはこれが自然の流れのような気がします、何故なら、ライバルは他(他国籍)のレストランであり、それらのシェフであるのです、もちろんその中には日本食レストランも含まれていることでしょうが、そのような考えで仕事をしますと、まず使う食材から違ってくるのです。我々の職業は(技術を必用とする)良きライバルをつくり、仕事中は「お客さまとライバルだけが存在」と考え、それらを失わず常に新しいライバルと目標を創り出そうと努力しますが最近は歳もとりましてなかなか思うようには行きません。「目標」を失いますと大海原で壊れた船が潮に流され、“何処ヘ行くやら潮任せ”と……
話を「味」に戻しまして、
アメリカに来ましてフルーツ料理に関しての私の感じたことがあります。サンディゴで仕事をしています時に二度程ハワイへ仕事(日本料理研究会ハワイ支部の以来により)の手伝いで行きましてフルーツの料理が目に付きました、日本では(和食)まず見られなかったフルーツの料理、フルーツといえば料理の最後にデザートとして出す物ばかりと思っていたもので“なるほど”と思ったことがいくつかありました、和食でも以前はバナナを揚げて前菜に使ったり、林檎を焼いたりしておりましたが……その程度でした。
しかし、このフルーツの料理程、日本の食文化との違いを裏と表ほどの違いが感じ取れる料理は他にないのではないかと思います。年中温暖な気候の土地で色々なフルーツが多種にわたり収穫できる地方ではフルーツを調理し食することは当たり前のことであり何の抵抗もなく食生活に溶け込んでいるのではないかと思います?。また日本料理ほどフルーツを加工しない料理方法はないのではと思いますし。我々の世代で流通機構が発達していない時代手に入るフルーツと云えばその種類は五本の指で十分ぐらい数えられました、その中の“柿”等は昔から日本料理にも使われていたらしく現在でも色々な料理に加工されてはおりますが……日本では今は世界各国から色々なフルーツが輸入され、今の世代は受け入れ易いかと思いますが、我々の世代はフルーツ等は輸入できませんので、レモン一つにしても関税がかかり非常に高いもので「一個を15枚に切れ、とか20枚」とかの話でした、レモン一個を切るのに庖丁を研いて切るようでした。そのような時代でしたのでフルーツといえば日本国内で採れるものだけでした。もう十年前ぐらいになるかと思いますが、水戸(茨城県)の実家に帰りましたととき、食後にキウイが出てきたことにはもう“ビックリ”しました!私がキウイを知ったのはアメリカに来てからなのです、日本では見たこともなかったのです、それがその辺の庭にキウイの木があるとのことでまたビックリ、そのような状態なので今の世代の調理師の方にはチョット的が外れているかも知れませんが、殆ど我々の世代はフルーツ料理は受け入れられるのは難しいと思います?。どうしても火を入れることによりフレッシュのフルーツの甘味とは少し違った甘味が強くなり他の食材と合わせずらいのです 

                      2005年 3月下旬更新
ちなみに2005年の日本人の一日の果物摂取量は150g以下だそうです。欧米先進国に比べて半分以下。アジアでも韓国やフィリピンの2/3程度だそうです。どうしても割高のものが多いし、皮等むくのが面倒だとか、とにかく敬遠されるのではないかと思います。
割高で考えられることは、日本のフルーツ類、スパー等に並んでいるものは、ほとんどがすぐ食べられるもの(若干の当たり外れが有りますでしょうが?)のような気がしますが、これは消費者の為に流通から陳列の段階で厳選されたものを販売するので割高に成ると思います?
我々もニューヨークでフルーツは良く買い求めますが、一流店(スーパー)で買い求めても、旨い、不味いは選ぶ消費者の責任で大体は熟れていない固い不味いものばかりです、しかしそれをどうして熟させて旨くするかは、消費者自身の知識で熟させます。桃等にしても固くて食べられないようなものばかりですし、アボカドにしても同じです、しかし値段は日本にくらべると雲泥のさといっても過言ではないぐらいに違います(安い)、どのようにして選んで、それからどうして食べられるようにするかは、全て自己責任です。以前に述べました“食育” このような時に役に立つような単純な課題から取りかかってもらいたいものです。
この度「食育基本法」というものが国会で成立するみたいですが?こんな馬鹿げた法律を作ってもどうかと思いますし、これらは親御さんが毎日の食に関する生活を理想に近づけるよう努力することによりそれをみてる子供達は自然と身に付くのではないかと思います?。といいましても、現代の親御さんはそんな時間に余裕の有る生活をしている訳じゃないでしょうから難しいと思いますし、子供達は良いにしろ、悪いにしろ家庭での生活等は見て覚えているものです。我々の世界でも“見て覚える”ことが非常に大事なのですが、今どき仕事を見て覚えようとする人はあまり見かけません。私の経験では“見て覚えた”仕事は10年ー20年のブランクがあってもその仕事はけして忘れません。私等、仕事を教えてもらった記憶がありません、全て見て体に染み込ませるものでした。我々の世界の会話には「誰に教えてもらった」との会話はありません、「誰の下に居たのか」です。「誰に教えてもらったのか」ではなく、「誰の下で仕事をしたのか」なのです。この言葉で全てが理解できると思います。  また話しがそれましたが元に戻して
時々、不安を持ってフルーツ料理をスペシャルとして出しましたが(総合写真・122鱧アプリコットソース等)、東洋人以外の人の多くは“うまい”と誉めてくれた、とのウエイトレスからの言葉に一喜一憂されました、不安な料理を出した時には、必ず下がりました皿をチェックしますのが癖になりまして、洗い場のゴミ箱の側に立つようにしてます、いつも下がって来る皿の上には、フルーツの皮だけが残りますよう祈り、また他の料理でも新しいオリジナルな料理を出した時は同じ心境です。
“ まあーまあ”の料理だったと自負する時も有りますが、自負とはあくまでも「自分の中で納得するもの」で人にアピールするものではないと思いますし、アピールしなくても結果がものを言ってくれてますので、自分が納得できたか出来ないかが大事で、そのへんをおろそかにしますとなかなか技術が伸びないのではないかと思います。  

                     2005年 5月中旬更新
我々が米国に来た当時からいわれていた日本料理(会席料理・コース料理)の評価は「メイン料理のない(一品一品の量が少ない)、何を食べたか思い出せないコース料理」と酷評に近い評価を得てました。確かに現地のレストランは3〜5コースで必ずメイン料理と分かる一品が出ておりましたが日本料理には、それがまた、二口、三口で終わるものでしたから、その当時は“なるほど”と、その評価を素直に聞くことができましたが、最近ニューヨークタイムスで四つ星を付けられましたフレンチレストランで食事をするチャンスがあり(もちろん私には高価な食事なので支払う能力はありませんので……)、前記のようなことを思い出しましたが、このレストランは、まさにそのもの会席料理より一品一品の量は少なく、6〜7コースから成り立ち、その後にデザートが3コース。日本料理も最後のデザートにあたるものは「水菓子(フルーツ)・甘味(甘く加工したもの)」と2コースは出しますが、さすが3コースのデザートは充分でした。でも感心したことは、日本料理と同じくさっぱりしたものから甘いものへと流れていましたので、これまた別な意味で“なるほで”と思いました、日本料理でも最後はフルーツ類から甘い物へと(甘いものを食べた後ではフルーツの旨味がわからなくなる)流れます。コースにかかる時間は3時間以上、日本の会席料理もまったく同じようなスタイル、最近このスタイルが取り入れられて絶大な評価を得られたことは私にとっては非常に複雑な気持ちです。
一品一品の量が二口ぐらいで終わる料理、その二口の中には色々な食材が入り込み味を判断する暇がないのです、ひと品の料理の味が判断できないうちに終わる、それがずーと続いて終わる。でも全て不味いものでなく、盛り付けも非常に繊細で、次は何が出てくるのだうと、そればかりで、店の雰囲気に圧倒され最後に何が良いかと聞かれたら、なんだろう?
雰囲気と値段かな?!。
日本料理の関東で云う前菜(関西で云う八寸物)これ等は今思いますと全てが一口サイズの品物が3〜7品も一皿に海・里・山の物と盛り付けてあっても楽しめることは確かですが、いざ味となるとこれが食べる方々にしてみれば以外と判断できてないのではと……。結果“不味くなければ食べられる”と。こんな風には思いたくないですね、日本料理とまったく似ている(料理の流れ・コース料理として)と感じた次第です。
食の流行、ニューヨークも早いが、日本はもっと流れが早いでしょう。なかなか大変です。
以前何件かのフレンチレストランの調理場を見るチャンスがありましたが、やはり我々の働いている調理場、またシステム等、雲泥の開きがあります。何せ私、日本のだいぶ前の、まだほとんどの調理場が板張りで調理場の中に一段高くなった所に畳がニ畳ぐらい敷いてある部屋がある(親方の休憩所・事務所)ような時のシステムをいまだに少し引きずっているようなことがありますので、これからの海外先進国で日本料理のビジネスはこのような一流と云われるシステム(キッチンしか解りませんが)を日本料理の調理場でも取り入れなければなかなか、一流といわれるレストランとは肩をならべることは無理ではないかとつくづく思いました。料理の流行りは、その当時の“スターシェフ(star chef)”が造り上げていくものであり、ここ20年の間にも料理のスタイルの流れは色々と変わり、使われる食材等も同じように変わってきますが特に、その一皿の主となる食材と共に添えるもの(簡単に云えば“        … 
         
                            2005年7月更新
(簡単に云えば“飾り”)等は移りが早いです。現在は「マイクログリーン」と言いまして、色々な野菜の“発芽”したばかりの芽が一つの流行りと思えますが、日本料理では私がこの道に入りました半世紀以前より、赤芽(紅蓼)、紫芽、青芽、花穂紫蘇など色々なマイクログリーンが使われておりましたし、現在でも多くの方々が使っているように我々の日本料理には流行りがないのです。また別の意味では日本料理程、すばらしい歴史を持った料理はないと思いますし、またそれらを旨くアピール出来ない事も事実であります。しかし最近このようなことを書き始まって「うっすら」と日本料理の特徴・良さが理解できつつあるのではないかと思います。
今まで二年近くごちゃごちゃと勝手なことを、料理評論家でも物書き屋でもないのに書き込んで参りましたが、
このようなことを書くことにより、自分を律することができ、今以上に自分の職業に励みも生まれるし、また写真等を掲載することによりもっと綺麗な盛り付が出来ないものか、器と料理との組み合わせはどうか、今度はこんな形態の料理を造ろうか等、非常に励みになることは間違いないのです。10年近く前にさかのぼり、やれ無国籍料理だのフージョンだのともてはやされた時の写真等は現在取り出してみると料理になってないものが多く、とても表に出せないものも数多く、今になって反省することが多々あります。
まだ私も現役で庖丁を握っておりますゆえ、まだ仕事では「あのようにしたい・このようにもしてみたいと」思いがありますし、書いてみたいと思いながらなかなか書けないところもありますし……まだまだ言いたいことを言えるように出世もしませんでしたし、とにかく、原点を忘れず、季節感を楽しみながらその土地、場所、風土から生まれた素材を生かすように、また研究をし料理人の技術の評価につながりますよう努力して行きたいと思っております。今後は気が付いたことで、何か参考になるようなことがありましたら書き込んでみたいと思います。料理の写真等は常に更新します。また庖丁を置くようなことがありましたら別な視点から色々書いてみたいと思います。  
                  

                          2005年8月更新
暫くこのページを休憩しようかと思いましたところ、先日帰国しまして色々と思い出しましたので……
日本で長らく調理場で働き今の世代とはかけ離れた環境の下で修行時代を過ごし、私の親方で一番歳を召された方は明治時代生(私は当年22歳でした)まれの方でした。私達の修行時代は料理屋では調理場が一番強い権限を持ち、例え経営者との意見が違っても押し通せるものでした。しかしそのままの状態を続けてきました料理屋はもう何十年も前に廃業しておりますし私が修行しましたほとんどの店も今は続いておりません。
日本を離れサンディゴ〜ニューヨークへと来まして色々勉強させてもらいました、その中で、特にニューヨークで仕事をしてから感じることがあります。
その前に少し話がそれますが、先日、6日ばかりのとんぼ返りで帰国し、家族で温泉のあるホテルに泊まり朝食を日本食にしようか洋食にしようか迷い、日本食は夏休みが近い頃なので子供達が少しうるさいと思い、上の階の洋食を選び、静かな雰囲気で朝食を食べていましたが、御飯の代りになるものが「リゾット」、お茶の代りは「ハーブティー」どうも両親が御飯が食べたいようなので 、下の階では、御飯・味噌汁をサービスしているにだからと思い“すみませんが、両親にだけで結構なのですが、御飯と味噌汁を用意していただけませんか? ”とたずねたところ、帰ってきた返事が “申し訳ございませんがこちらでは御用意で来ません”でした。最後にお茶を二つだけ、これも同じ返事でした。下の階へ行けばあるじゃないかと腹では思いましたが……
これが日本の典型的な我々の世代と同じサービス。
ニューヨークではどうか、一流までに評価されていないレストランでもこんな事がありました。
スープを一人前オーダーをしまして、三人で分けたいので小さい入れ物を持ってきて下さいと言ったところ、出てきたスープは三人前でした、中身もメニューに表示したあるものが入ってました量は少し少ないとは思いましたが、最後に明細書を見ましたら料金は一人前でした。
他にも、グループで食事をしまして最後のデザートの時に一人が、もう食べられないので、デザートはいらないと断りました、他の人達は全員がデザートをオーダーしましたところ、ウエイターは、一人だけが何もなくては間が持てないと思ったのでしょう、一口で食べられる物を “軽いものですから ”と一応全員がデザートを、との心遣い。
料理屋などでも良く昔“箸を取り替えなさい”と女将、仲居頭などが囁いているのを耳にしましていましたが、その当時は我々の仕事ではないので気にもとめませんでしたがニューヨークに来てから、その重みが感じるようになりました。もう何年か前に帰国した折り、今流行りのファミリーレストランに行きましたところ、味噌で和えた料理が出た後で箸を替えてくれた店がありましたが、その時思いました「なんでファミリーレストランで」。今まで外食をして箸を取り替えてくれたのが後にも先にもこれが初めてなのです。
話を戻しまして我々が良く言ってる“職人気質”勿論仕事が出来なければ職人ではないのですが……私などは、いまでも“段ボール潰し・ごみ捨て・洗物”は現役です。職人気質など全て理解して仕事をしているつもりでおりますが……、最近は段ボールの潰し仕方が上手くなりました、あれも下手ですと力ばかり使うので大変なのです、コツを覚えると軽くたたみ込めるものです。その職人気質ですが、これが曲者で海外に出た時にお客さまからの要望に対応出来ず、また流行りの波に乗れない、勿論昔ながらの日本料理、捨て切れないものがありますが、「味・見た目」が同じであっては前にも書きましたが、日本の食文化を知らない人は理解できないところが多いのです。特にこちらで多いのが、一人前の料理を分ける・食物アレルギー・アレいらないからコレにしてくれ。ととにかく書いたら切りがないぐらい多い。これを調理する段階で対応しますとかなりの労力なのですが、よい評価を得ようと思う 

                          2005年 10月更新
よい評価を得ようと思うには聞き入れるしかありません。
中国人、韓国人のオーナーが日本食のレストランをオープンするのがここ最近目立ちますが、彼達の従業員の中には今の所、若い内からたたき上げられた日本人など居りませんでしょうし日本料理の伝統・しきたり等考えて仕事をしている訳ではないので、お客さまの要望に素早く答え、好むように料理を仕上げて……これが物を売る原点である事をまざまざと見せつけられております。特に寿司などはお客さまの希望通りの物が簡単に作ることができるので、そのつもりでお客さまもキッチンで作る物も、同じように色々と注文を出す場合が多くなってきてますが、簡単に作れたりするものばかりではないので時には嫌な思いをしたり、我々にはそれがなかなか難しい時もあるのですが今はほとんど材料があれば作るように心掛けておりまが、それらの注文がスムーズに作る事ができるか、できないか?職場の状態(環境)によって大きく左右されると思います。簡単に言えば一つのポジション「焼き物をする人は焼き台の前」「煮物をする人は煮物だけ」「揚げ物をする人は油鍋の前だけ」「刺身を切る人は俎板の前だけ」このようにキッチン内部が各々のポジションに十分な人を配置できていれば、十分にお客さまの要望に答える事ができ、味は別として手の込んだ盛り付け方も綺麗にできます。前にも述べましたが、私が何件が見たキッチン内部で高い評価を得ているフレンチレストランではこれらのシステムが当たり前のようになっています。金銭・労働時間など考えますと今の海外の日本レストランでは到底無理な事ではないかと思えます?。とにかく時間に余裕のあるシフトで仕事ができる状態にしておく事により色々な注文が聞き入れられる事は確かです。
話しがまた前に戻りますが、七月に日本に帰り、アメリカに渡りまして、日本のフレンチらしき料理を始めて食べましたが、その時にアメリカの食材、日本の食材に対しての考え方が、日本を離れて25年になりますが初めて良い意味で理解する事が出来ました。チョット遅いでしょうが私には大発見なのです。今まではアメリカでの野菜・魚等すぐに日本の同じ食材と比べ味が“どうだ、こうだ”と批判ばかりしておりました。(例えば、茄子、胡瓜、ピーマン、魚ですと、尼鯛、カレイ類、等たくさんありますが)これが間違いなのです。
この事が良いか悪いかは、私には判断できませんが、海外で料理に携わる人には興味を持つと思います?
私が生まれた年は昭和21年。私の世代は日本国内でグリーンアスパラ、緑色以外のピーマン等は見た事もないのです、日本料理ですからたとえあったとしても使った事も勿論、食べた事もないのです。アメリカに来て始めてこれらの野菜が目の前に出てきまして口にした次第です。これらの味を覚えたのはアメリカ国内が最初なのです、アスパラ、クレソン、チコリ、スナックエンドウ(シュガースナップピー)他、色々と現地の野菜は私ども使うよう心掛けております。その中で先日帰国したおり、日本のレストランで「現地で捕れたもの」ですと、アスパラ、クレソン、スナックエンドウなどを茹でた状態でだされましたが、これがまったく味が無いと云うか、マイルドな味と云うか、味にアクセントが無く、どれを食べても緑色の野菜としか思いませんでした。私にはアメリカの“大味な野菜”と云うか、味の強いアスパラ、スナックエンドウ、クレソン等の味しか知らないのです、また、幼いころから日本で食べていたピーマンは、アメリカに来ましてからは食べる事が出来ません、あまりにも味がきついのです。このようにどのような食文化圏でその味を覚えたかにより人間の味覚感覚が同じ国民でも多分違う 

                         2005年 11月更新
国民でも多分違うということが理解できた事はこれからの食を提供する立場からは大きな事ではないかと思います。以前にも書きましたが茄子や胡瓜、白菜、葱、等日本の種を使い作っておりますがあまり美味しいものではないと、これらは私が子供のころから食べ慣れた日本の野菜の味が体に染み込んでいるためであり、そのような食の環境で育っていない人々は味が不味いとか旨いとかの問題ではなく、それらの食材を日本スタイルの調理法方でなく、日本料理の表現をしながら、いかにそれらの食材、また現地の食材で現地ではどんな調理方法で料理をしているかを知り、研究する余地は十分にあると思います。
とにかく、日本の野菜の味・魚の味は日本以外の地で生まれ育ちした人達には言葉では理解させる事ができるものでもないし、いかにその食材を“うまい”と思わせる料理法を見出すかが大事な事と思います。
魚で一つ、比べるには最も適した尼鯛が出回っておりますニューヨークでは、「Tile Fish」と呼んでいますが姿形は日本の尼鯛とそっくりですが味はまったく別物で日本では黄尼鯛と呼ばれ、あまり市場に出回っていないものではないかと?。赤尼鯛、白皮尼鯛に比べるととても同じ料理法では……と思う事もしばしばあり、そのまま「若狭焼き」などで出す事は今でも少々抵抗がありますので、なんとか手を加えて出しております。このような例は、反面日本の食材の味を意識し過ぎたことで、もう少しシンプルに考えた方が良い料理法が見つける事ができるんじゃないかと思っていますが……。
最近は、寿司ネタの切り方・はまちの刺身の引き方・鯛の刺身等、ここ3〜4年で随分変りました、日本で十分に基礎技術を積んだ人から見れば“何をしているのか”と思われるような事も沢山ありますが、とにかくお金を払って食べる人が“嫌だ”と思うものは出さない!
例をあげますと
鯛の刺身で皮付きで切りますと50%以上は器と共に下がってきます。
ハマチの刺身しても血合いがあると、多くのお客さんが嫌がりますので、血合いは完全に取り除いていますので歩留り(廃棄率の逆で、使える部位)が非常に悪いのです。日本で刺身を引く時にはとても考えられない事なのです。鮭の皮なども同じで100%に近い数字で皮だけが残ってきます、鮭の皮には子供のころからの思い出がありまして、私の父親が「昔、水戸の殿様が那珂川でとれた“鮭”の皮と、階楽園(水戸市)の梅を交換した」と、まだ小学校の低学年時代頃だと思いますが、よく親父に自転車の荷台に魚箱(木製)を縛り付け、その中に入れられ魚市場などに連れられ聞かされたものです。セリの場面などは良く印象に残っております。鮭は今でこそ日本全国に出回っておりますが、その当時は関東以北でしか手に入らないもだと思います?何故なら鮭が遡上する川の南限が水戸の那珂川なのです、たまに利根川でも見られるそうですが、今でも関東育ちの料理人は「ハモ」をさばくのが下手ですが、関西の料理人は「鮭」をさばくのが下手です。そのような事で鮭にはこのようなこだわりがあるので、皮など取り除いて料理する事など考えられない事なのですが、現在は取り除いて料理しております。寿司でサーモンスキンなる巻き物がありますが、これを最初に作られた方はたぶん関東以北で昔から料理に携わっていた方ではないかと思います?。以前日本に帰りました時、   

 

                            2005年 12月更新

この那珂川でとれました鮭の味が忘れられなく、保存しておいてもらい食べましたが、今の北米のサーモンとは比べ物にならないほどの味の違いが感じられました。しかし若者も何人かおりましてその感想は、この鮭は“うまくない”でした、私がなぜ?と聞きましたとところ“脂がない、パサパサしている”とのことでした、養殖のサーモンの脂臭い味しか知らないのです。この味で幼いころから育っているのです、これが現実で我々はこの現実を良く理解して今後の調理方法(盛り付け・味等を含め))を代えていかなければ歳をとるごとに現代の料理から離れてゆくような気がしますしこの気構えは我々の年代で非常に大事な事だと思います、しかし仕事の段取り、食材の管理、料理道具などの整理整頓などは、まだまだ我々を観て覚えてもらいたい事が沢山あります。
料理はただ出来た物を皿の上にのせるだけで仕上がりではないのです、それらを作る過程でどのような仕事をして完成したかが、その料理に表現されているのです。
以前に、「海外から帰った人間は使い物にならない!」と私がまだ20代のころは良く聞かされたと書きましたが今、思い出しますと銀座で働いている時まだ23-4才の頃そのような雰囲気の方がニューヨークから帰国して、私も一緒に働きましたが……。偶然にも今、私が働いている店から非常に近い場所にある店なのです。私がニューヨークに来た当時はニューヨークの料理が日本へそろそろ入ろうとしていました時期と重なるので仕事もやりがいがあり、面白く過ごせましたが、現在はニューヨークの日本料理レストランも多分私が銀座の店で働いている当時に戻りつつあるような気がします?
寿司屋さんでも一部の店を除いては、こちらに留学を目的として来まして中途半端に終わりアルバイトで始めた仕事が本業になり、現在はその人達がまた、素人さんを相手に仕事を教えていると云う事が珍しくないのです。結果はみえていますネ、衛生面での管理は出来ない。布巾一つ洗う事も出来ない、濯ぐ・洗うの区別もつかない。こんな日本人がウヨウヨして、やれ職人だの、やれ調理師だのと能書タレて給料いくら?なんて聞かれたら話しにもならない。最近ニューヨークの人材募集欄を観てなるほどと思う事がありました “綺麗好きで、効率良く仕事の出来る方 ”(今のニューヨークでは無理でしょう?)我々の仕事でこのような事を書いて調理場で働く人を募集しなければならない事態には本当にガッカリさせられますし、そのような人に仕事を教えようと思いましても、今までの方法と違うので、教え方が間違っているのでは?というような雰囲気を感じ取れる亊もしばしば、教える方も嫌になります。私がアメリカに渡りまして25年、歴史はくり返されるといいますが今日本へ帰って仕事で張り合える人は極々一部の人でしょう?
そろそろ潮時ですかネ……。  “綺麗好きで、効率良く仕事の出来る方 ”これは我々の仕事の原点、料理を作る以前の問題であり最初にも書きましたが、修業の最初に、まだ庖丁を握る前に覚える事なのです。        

                    2006年   2月更新
確かに、最近は我々の仕事でビザを取るのが金もかかるし、時間もかかるし、難しいみたいで、どうしても現地で人を集めなければならず、こんな問題が、もろに我々にも押し寄せてきました。今までに聞いた事も、見た事もない!ような仕事ぶりを唖然としながら、我慢しながら見てる状態があるのです。料理人としての常識もない!自覚もない!.素人さんから見れば料理人でしょうけれど?。
何故なら、理由を述べながら教えても今まで何年かそれが通用してきたものですから、逆に不思議がられますし、 特に年輩の方、料理の基礎を何も覚えず通り過ごして、一人前のつもりで仕事をしている人がゴロゴロしていますが、調理場に入る前に“博物館”へでも行って、庖丁抱えて立っていた方が絵になるような非常に珍しい人が沢山います。ニューヨークの日本レストランもそろそろ転換期に入ったように思います。
少しの基本を理解してくれる事によって随分違うし、少し理解する事によりそれらのことがもう少し、もう少しと思うようになるのでは……?何故この地で十年も、それ以上も、この仕事で食って来られたなと思うような「貴重品」的存在……。
日本の料理、文化を知らない若い人を育てた方が絶対に価値が生まれるし、少し教える事によりそれらの年輩の能書を言っている人達よりは上達もするし、すぐに“偉そう”にしている日本人達を追いこしてしまうのです。悲劇です! ニ、三十年前は、現地の若い者を下働きに……と良く言っておりましたが、そろそろ日本レストランでも日本人が下働きをするような時代になってしまいそうな気がします?日本レストランの看板をかかげている店で、いい歳をしたオヤジが日本の文化・料理を知らない他の国籍の人間に使われる!こんな日が来るかも知れません?。この仕事もつくずく嫌になります、我々は限られた時間内(営業時間内)にどれだけの物を作らなければならないか、生産性の問題で昔に比べたら調理器具については確かに便利なものが増えましたが、しかし調理の行程はいまだ、ほとんどが手作業でしか出来ないものですから、一時間に一人の人間が作り出す数には限度があります。しかしそれ以上に作り出したい時はもう一人の人間がいなければならないのです。事務仕事なら残業して済ませる.手作業でも、物を作り出す工場のような仕事なら、早出・残業で事は済ませるのですが、我々の仕事は決まった時間内で、全てを処理しなければならない仕事なので、人手が足りないものですから、どうしても“博物館的”人間も使わざるをえないのですが、なかなか納得の行かない事ばかりです。私も、もう「オヤジシェフ」ですから他人ばかりを批判することではなく、この辺で調理場ばかりに閉じこもってないで、少し表から我々の仕事をみてみたいと思うようになりました、何をどうすれば、まったくの見当はつきませんが、とにかくニューヨークも以前に比べ料理を競い合うような雰囲気がだんだん薄れてきたような気がしますし、ニューヨークでの同業者の料理の写真・宣伝などをみていますと“またか”と思う事ばかりです。自分がダメになってきているのか……?このままこの雰囲気で仕事を続けると、いままで四十年以上この仕事に惚れ込んで来た思いが残り五、六年で全てが終わってしまうような気がします。残り少ない自分の庖丁人生をもう一度見直し、更に今以上に奥深く掘り下げないで「水商売」の原点を探り出し    
 
                  3月下旬更新
研究を続けたいと思います。われわれの商売は(昨今、皆ビジネスと言いますが、私は水商売と言うことが好きなのです)いかに一度来てもらった御客さまを再び「また、ちかい内に来てみようか」と思わせることが一番なのです、誰もがこんなことは言われなくても知っていると言うでしょうが、この事は客商売を、ひとまとめで言っていることで具体的なことは、いざ御客さまがくる実行出来ないもののようです。料理を作る側、御客さまと直接接する方々、料理の事は前にも述べましたが(2005年8月)一皿の料理に対しても他シェフよりは旨いもの、奇麗に見えるように盛り付けようとかライバル意識と言えばかっこ良いでしょうが、闘いであり、勝負なのです(私はいつも負けていますけれど)。そのぐらいの気持ちでオリジナルな料理を作っているつもりなので、いつも戻りました器をチェックしているのです。
見て感じるもの、雰囲気で感じるもの等、これらは普通の人であれば“おおよそ”同じようなものと思いますが?  
食材、食べ物の味等に付いては、その人の好みで「見て感じるもの」等に比べ、大きく変わることが多いと思います。昔、我々の調理師会長が“七割の人が旨い”と言って下されば上出来、と言って下さいましたことがありましたが、もう四十年も前のことで、今はもうそのようなことを言っている程飲食業界はのんびりとしごとをしていることは出来もせん、とは言っても十人十色といっても過言ではないぐらいに同じ食材でも好みや味付けに関して意見の違うに人達に満足をしてもらうにはどうすれば良いのか?
私の今までの経験で出た結論は「誰が食べても不味い」と思わせない味付けです(一つ一つ違う食材を出来る限り万人向けの味に仕立てる、これが非常に難しいこと)、好きな食材が出てくれば美味しく食べられる、好きでもない食材がどんな味付けで出て来て来たところで、美味しいとは感じられないのです。
ニューヨークで一流と言われるレストランで、今まで食べたもので記憶に残る“うまい”と思う一皿が思い出せない理由がここにあるのではないかと思います?
どこそこのレストランは「美味しいですね」ではなく,殆どの人の評価はあのレストランは「いいレストラン」ですね。
「旨いラーメン,旨いそば屋」はありませんか?と聞くと,すぐ返事が返ってくる。旨いレストランはありますか?より「よいレストランはありますか」、の質問の仕方が返事はすぐ返って来ます。
殆どの人に味が悪いと云われたら、それは食べ物を売る資格はないから商売をやめる以外に方法はないでしょうが?云われない限り望みがあるのです。
ではどこで,その望みを伸ばせるか?  店の雰囲気の演出、各々従業員が御客さまにどのように接するか、の方法で、多大な評価を得られると思います? 一流と言われる店はこれが充分に行き届いているので、その雰囲気に流され、なかなか“旨い”と思った一皿が思い出せないのではないかと?
もしチャンスがあったときは、このような事を考えながらできる仕事がしてみたいですネ。 これが水商売の原点と云うような…  
                          2006年6月更新
「また近い内に来て見ようかと」これは、料理にも言えることですが「今度も少し違ったものが食べられるのではないか?」と思わせるような雰囲気がでるような料理の献立。皆さん、最近は温泉ブームも山を越したでしょうが山の中の温泉で“鮪のさしみ”を食べたことがありますか?        
これが良いサービスに含まれるでしょうか?
あの雰囲気は、あまり良いとは云えませんネ。いくら流通機構が良くても、どう考えても周りの雰囲気に合わないと思います、この雰囲気が大事ではないかと? 
以前にも書いた覚えがありますが寿司の握りの大きさ、高級な寿司屋さんは握りが小さい!寿司の職人さんでもこの様に考えている方が沢山いるようですが(特に私が渡米しまして周りにいる鮨を握られる方)、本当ですかネ?
握りが小さい=高級、我々がこの道に入った時代、芸者さん達が座敷にでる前の“おやつ”代わり食べに行くような、つまり花街界隈にありました鮨屋さん、また座敷が終わり旦那衆とのに付き合いで行くような寿司屋さん、これは握りを小さくしているのです。それにはちゃんとした訳があるのです
その訳も理解しないで、「うちは高級な鮨なのだから握りを小さくしろ」等とのセリフを良く耳にします、私は鮨を本業としていませんので黙っておりますが、後で若いものには説明をしてあげています。何故なら、皆さんは何を目的で鮨屋さん、またはレストランに行き鮨を注文するのですか?
簡単に云えば「腹がへったから・空腹を満たすため」でしょう? おやつ代わりにレストランや鮨屋さんに行き食べる方は今時、ほとんどいないでしょう? 
外人の女性の方で少しの注文で終わる方がおりますが、それらの人たちは女性であり、今のトレンドに(流行に)乗ろうとしている人たちでこれからの常連になる事を期待すれば良いと思います?
話を元に戻しまして
鮨を小さく握る=10貫が12貫のオーダーになる、20%の売り上げアップ!を期待する方。
私は、標準サイズで握りまして10人が12人になります事に期待する方ですから…
ひどいセリフは、この大きさでは「すぐお腹いっぱいになってしまうでしょう」こんなセリフは日常茶飯事です。これでもサービスを商売にしているのかなと思いますね?
刺身を切るときにも、切り身が大きい、小さいと良くいいますが何を目的でその判断をするか?
人によって色々でしょうが、お客様と接してサービスをする方で、食べ物の量が多いと長い間そのテーブルに縛られる事が、外の仕事に支障をきたすので嫌がる雰囲気の方もおりますでしょうが、とにかく食べる人・お金を払う人・接待されている人が何と思うかが一番大事な事なのです。
つい最近、実際にこのような事をアメリカで仕事をしていまして初めてあった事なのですが、
若い方に刺身を切らせましたところ、分厚く切っていましたので注意をしようかと思いましたが、そのまま出したとところ、御客さまは大変満足されて刺身と同じ値段位のチップをウエイトレスを通して頂きましたが…これは極端な事で私も非常に悩みました事がありましたが、とにかく御客さまは満足した事は明らかのです。
鮨を小さく握る、刺身も一切れでは何を食べたか判らない位に小さく切る方がおりますが、何を目的でそのように作るのか、

                        7月更新
他人にその意味を充分説明出来るのであれば、私がどうこう言える立場にはないのですが…我々の商売は鮮魚関係の仕入れが多く、それを加減する事で結果が見える事は確かのですが、私は10人が12人になる事の方をいつも期待したいです。
一流の料亭、鮨屋さん。高級居酒屋とか高級回転鮨屋さんに押されていますが、源流は何処から別れたのでしょうか?
所で、最近日本に滞在している時から、ニューヨークでボツボツと仕事の話が出て参りましたが俺も還暦を迎えまして、日本で割烹旅館,ホテル、料理屋と全部で6件の店を渡り歩き、1964年〜日本国内で、1980年にサンディゴ、1985年にニューヨークと……
 そして2006年どこの店に決めるかわかりませんが、まず覚悟しなければならないことは、今までのような、ある程度のステータスがある店にはまることは無理だろうと思うので仕事が、と云うか十分に今までの経験を生かせるようなところで働きたいなとは思っております。店はどんな店でもどんな形態でもあまり気にせず、今までのことが生かせるところであれば少しはやりがいが出ると思うでしょう?
ニューヨークで21年間一つのキッチンを自分なりに築き上げてきましたのでこの次はすんなりとは運ばないでしょう?
60歳からの冒険!どのようになるか本当に冒険ですネ。
今度働く店が決まりましたら、この店が私の包丁人生最後の店になると思います。たとえ三ヶ月、1年で辞めようがこれが最後の職場だと決心しております。
今までの包丁人生で一つ自慢できることは、どこの店でも自分の手間賃(給料)、条件等を話したことがなければ、聞いたこともなく、聞いてくれば返事は「まかせます」としたこたえしかだしたことがないこと。ただその店で雇ってくれたら、そこで精一杯仕事をすることを最後まで自分の単純な信念とし押し通して最後の職場としたいです。
我々“職人”の毎月の給料、これは前にも書きました通り「手間賃」なのです 、手間賃とは自分の技術を出して物(料理)を作り、もらうお金が「手間賃」と、今でもそのように考えておりますので人より良い仕事をしなければ良い手間賃はもらえないのが当たり前なのです。
今回はこの位で……
また、悪戦苦闘は続くでしょうからまた次回からお楽しみに。

 

このページ6ヶ月程休ませていただき、その後にまた色々と自分が仕事に携わっておりましたら持論を書いてみたいと思います?
少しの間、職人と呼ばれる所以は何処にあるか、職人とは何なのか?“職人”と呼ばれる職業は多種にわたってありますが「職人」の原点は全て同じ物。 もう少し深く考え、修行を積み重ね、またこのページをよんでいただける事に期待します。

               
またこのページを開いてくれてありがとうございます。
最初に断っておきたい事があります。
暫く休みましたが、その後も書いておりましたがどうしても、その時の従業員(調理場)の批判になるので、オーナーに大変申し訳なく思い掲載する事を辞めました。
オーナーには非常に気を使ってもらい大変嬉しく、お客様に「最近料理が変わりましたね、また来ますから」と褒めていただくと本当に喜んでいただいて……
オーナーと共に25年以上も一緒にやって来た従業員をあまり悪く言うと失礼に当たるのではないかと思い……
でも現在は、30年前とは違い、誰が日本レストランを開いても流行る時代とは違うのです。
所で、前回のページで職人とは「何ぞや」と考えてみると、書きましたが、昔も今もその考えは俺は変える事が出来ないというか、変えたくないと思う気持ちがします、今の世の中これじゃ通用しないのも良くわかっているつもりです。

 

                     2007/5月更新
“職人”とはどんな意味なのか、辞書等には「手先の技術により物を制作する事を職業とする」「親方の下で生産に従事した雇人」
職人気質「職人社会に特有の気質。自分の技術に自信を持ち、頑固だが実直であるというような性質」とありますが……
職人気質、この言葉は大変好きなのですが、一歩間違い足を踏み外しますと今の世間では到底通用する物ではなくなりますし、自分の技術に自信を持つ事により食に関して何事にも探求心を持たなくなり「勝負には負けるのです」。仕事が入れば寝ないでもやり遂げる根性、それが職人根性!
職人気質と職人根性。職人気質は実際にこの仕事に携わって気がついた事なのですが殆どの人が履き違えていると思う?ただ職人根性だけは、この仕事を続ける人達は持ち続けてもらいたいと願う。
持ち続けられない職人は辞めればいい。後から若い者がこの道を進もうと思って張切って仕事をしていても邪魔になるのです。
以前、「おごり(奢り)がある」と言われた事がありますが、俺は自分の腕に自信がないから今でも料理に対して“研究、勉強”を繰り返しているつもりなのでこの“奢り”という言葉は今でも忘れられないし、職人を続けている間は絶対忘れる事はないと思う。またその言葉は二度と聞きたくないので職人をしている間は常に謙虚にものを考え言葉にするよう気をつけるつもり。
また、昔から「勝負、芸を目指す人は親の死に目に会えない」と良く言われていましたが……芸とは芸人をさしているのでしょうが……    この言葉はまさに本当にある事だとつくづく思う。
そして,ニューヨーク仕事をしているときも、最近はビザがなかなかとれず、仕方なく地方から流れて来た人でも雇うようにしてましたが、やはり非常にひどい!こんな人達と仕事をしなければならないのであれば、もうこの商売から身を引いた方が良いと、いつも思っていました。でもそんな人達は、続かずすぐ辞めるようになりますが……少しでも仕事を覚えようとか、何か新しい物への挑戦等「爪の垢程も」ない人ばかりがアメリカに残ったような気がします?しかしこれが今の現状でしょう。“海外帰りの職人は使い物にならない”40年前東銀座で働いていた頃、何時も耳にしていた台詞が現実になる日も遠くはないと思う。
この仕事、殆どの経営者は職人に代わっての仕事は不可能に近いが、しかしサービスに関する仕事であれば何時でも変わってその仕事をする事が可能だと思う?そんな事に甘えて彼達は安泰に過ごす、同じ職業を選んだ人達がこんな考えで仕事をしているなら一緒に仕事をするのはゴメンだ!
そろそろ俺も潮時じゃないかと思う。

                     2007年7月更新
俺の職人ということは、もし職人として働くのであれば経営者の片腕となり、その職場職場で請け負った仕事は必ずやり遂げ、同業者では負けないよう努力をし、尚かつそれらの職人に負けないような一皿を造り出す“芸”の一種「料理の表現=Presentation、味共々」まさに勝負なのです。雇人が自分の腕を認めてくれるならば、とことんその職場で可能な限り自分の技術を発揮する事。これが最低の職人としてのやる仕事と思っている。俺たちの仕事はただ働く事ではないと思うし、常に自分の技術を磨く事を怠らず、俺たちの職業であれば他人に負けない「逸品」を造り出し、また建築であれば、人よりも優れたデザインを考えだし、しっかりした建築物を作る事を目的とするとか色々あると思う?
自分の技術を向上させる事は、他人は出来ない事で、自分自身が努力をしなければどうしようもない。
ただ毎日毎日をのんびりと過し、朝出勤しては毎日同じ仕事で一日が終わる。これじゃ技術の向上ではなく“ボケの向上”にしかつながらない。
最近、この道を選んだ日本人の方々からちょいちょい耳にする言葉 「教えてくれない」。以前は、現地で採用した“訳の分からない人達”が良く口にしていた言葉「教えてくれない」『日本人も国際的に通用するようになって来たのか??!!』最近、若いヤツらも良く口にする。
今の世の中、教えたくないという事等あり得ないと思う?「教えてくれない!」ではない。
「教わろうとしない」ではないかと思う?
質問すれば簡単な事なのに、それすらしないで最後に返ってくる言葉は、「教えてくれない」「教えてもらってはない」そんな言葉だけ。
俺たちは、沢山の知識を持って仕事をしているので、何処から教えてよいのか分からない所がある。例えば、一つの仕事を仕上げるのに1〜10の作業があるとすれば、1から知らないのか、5から知らないのか、8までは理解出来ているのか?
何故、質問しないのか?何故、聞く事が出来ないのか?全く俺には理解出来ない!
そこで俺たちは、上からまた言われる「良く教えてやれ」と「上手く使え」と……
仕事の内容を良く理解出来ていない上司に限ってこの台詞が良く出る?俺たちはそんな単純な仕事をしているとは思っていない。毎日のように少しでも新しい一皿を作り出そうと考えているつもり。覚えたいのか、どうでも良いのか?訳の分からない人に丁寧に教える程、余裕がない、覚えようとしていない時に、いくら丁寧に説明しても頭に入らず明日には完全に忘れている、本人が覚えようとしているときは、見ているだけでしっかりと脳裏に焼き付いている物です.長年の経験からこの事は間違いないのです。新しい料理を造り出すときは、考えれば考える程、今やっていた事とまた同じ仕事を明日やるときは、少し変わる。これを繰り返して昨日より少し納得のいく料理が完成していく。去年仕上げた一品にまた手を加え今年の方が見た目良く盛りつける。これが何回も繰り返されて完成する物と俺は思っているので、それを相手に理解させる事はなかなか難しいのです、人によっては、「作るたびに変わってくる」などと思われ批判される事も実際ある。
しかし、ここでの1年半の間、オーナーには大変勉強させてもらいニューヨークでは気がつかなかった事、出来なかった事25年間のアメリカ生活に匹敵するような価値があるようにも思えた。
本当に有り難うございました。期待に添うことが出来なくても、常に笑顔で接してくれた事、非常に勉強になり今後の私の人生で大な力になる事と思っておりますし、また人間一回り大きくなったように思います。

 

                      2007年8月更新
日本料理独特の調理技法、欧米料理と比べると数段複雑な内容があるためレシピーがないのが特徴。最近は調理と名乗る人達が多くなり、情報を伝える(メディア)事が必ず取り入れられるので日本料理もレシピーが必要になりますが我々の時代は全くなかったので親方の仕事を見ながら分量等を覚える事が身に付いて育ち、自分で仕事ができるようになってから、それらを思い出し自分なりにアレンジして何年、何十年と掛けて自分の物にして行くのがこの仕事の魅力です。アメリカに渡ってからは、メディア等が何かと言えばレシピー、レシピーとうるさいので渋々書きましたけれど(欧米の料理はレシピーを基にして全ての料理が成り立つような気がします、レシピーをいくつ持っているかでその人を判断するようなところがみられる?)その仕事の調味料等をいちいちはかり、書き出した物です、しかしそれから二十年以上が経ち同じレシピーでも今でも書き直すような状態なのです。一つの目安としては大変重要な物と思いますが、俺は今でもレシピーはあまり意味が無いと思うし、レシピーのおかげであまり旨い物が出来ない時が多くなるのでは?と思います。レシピーに頼りすぎてそれ以上の物を造り出そうとしない人が沢山いるから……
一つ例を挙げてみると、アメリカで使う味醂の件。
現在アメリカでは現地で味醂を製造しています、尚かつ日本でも同じでしょうが税金の関係で純の味醂を醸造するとアルコールの問題で高い酒税がかかりますので、税金がかからず販売価格を安くする為に「ナントカ味醂」とか「味醂風味」とかで販売している味醂ばかりです。私はごく最近まで正真正銘の味醂を使っていましたが、値段がたかく売れないので「もう製造しない」という事で仕方なく偽りの味醂を使い始めました、そのまま使うと料理が全て“くどい甘さ”には驚きました、メーカーにまで問い合わせましたが「糖度は同じ」という事でした。
しかし昨今はレセピー通りに仕事をする人が増えていますのでそれがまかり通り普通の味に定着しているのには驚きです。これ等は紛れもなく職人の気質を忘れた人達が余りにも多いので、たどり着いた事実がこれです。
『海外帰りの職人は使い物にならない!』また書いてしまいましたが、歴史は繰り返されると聞いていますが、私が渡米する前に良く耳にした言葉ですが、それから30年近くが経ちますが、正にこれが事実です、残念ながら!        
日本料理の仕事の内容は調理師〜板前へ板前から職人へと、この道は内容が変わって行くと自分では常に思っている。調理師はとうの昔に卒業した物と自分では思っている、板前はただ料理に専念する、人に負けない味を見出し、プレゼンテーションも同じ、ただ我武者羅に料理を作る事に専念する。
そして職人とは、その勤めた店の経営状態を良く把握し、建築で云うならば図面を見ながら店の利益、仕事場の人事の問題、そして物を造り出す仕事とすべてに携わる事が職人の仕事……
料理を作る事だけが職人の仕事とは思わない。経営書と同じ考えで物事に携わらなければその店はうまく動かないからです。上手く動かなければ自分達が造り出した物もお客さんの目の前まえで100%の評価は得られない事は間違いないのが事実なのです。
以前に何度も書いたと思うのですが、今のレストランは料理だけでは評価は得られないのです、トータル的な「雰囲気、サービス」が殆どを占めるのが、間違いない事実なのです。何故ならば味については個人の嗜好がずいぶん評価を左右するからです。年配者、若者、食文化の違う人種、皆味に対する評価が様々なのです。しかし良い雰囲気、良いサービスは人種が違っても似たり寄ったり同じような評価が得られるものです。これを調理場で働き責任者でいる限り、経営者に述べると自分の仕事の責任逃れにとられるのです。何度も嫌な思いをしました。
今月末が最後の手間賃となるでしょうが、幸い良い雰囲気で最後の手間賃をもらえる事は、幸せに思います。
今後も、出来る限り料理道に邁進し、何かをつかむよう努力しようと思っております。
アメリカに来まして27年間、バケーションらしき物もとらず走り続けてきました、この辺で体のメンテランスをゆっくりする為、日本に3ヶ月位の予定で帰ってみようと思っております。
                     

                      2007年12月更新
久しぶりに日本のテレビ等をゆっくり見る時間も持てて満足はしているのですが,どうも食に関しての番組には一度も感動した物がないのです。何故ならば全ての番組が消費者の心理をとらえすぎて、騙しているようにも感じる事が沢山見受けられるからです(俺の意見)。以前にも批判じみた事を書きましたが……
最近も毎日が偽装だの,賞味期限切れだのと騒ぐ事ばかりが耳に入りますが、これは何が問題なのか,だれもが騒ぐばかりで根本から解決しようとする意見を聞いた事がない。ただひたすら責任者が出て来て謝るだけ,それをメディアが追っ掛けてフラッシュを当てる。毎日がこれの繰り返し。
つくづくこの光景を見るのが嫌になりました。
11月上旬ある有名料亭もテレビで報道されていましたけれど、本当のプロ、職人、が何人かは雇われているのでしょうから、このような事になる前に、有名ブランドであれば商品を売り込む事はそんなに難しい事ではないのだから、もっと食や食材に関しての基本の考えをメディアを通して教え込む事に力を注ぐ事が大事だと思います?地元だけではなく関東にも進出し今や全国に名の知れた有名ブランドの料亭のプロが食材とは、賞味期限とは、とテレビ等で独自の考えを示す事で、時間がかかりすぎるかもしれませんが?消費者も少しは考え方が変わると思うし、食材の使い方も、決して高い物が旨い、ブランド品が旨いという考え方に変化が現れると思います。
日本の雑誌、テレビ等、我々が言うスターシェフ、和食、フレンチ、イタリアン、中華等それぞれの分野のスターシェフが出演しておりますが、全ての人が言ってる事、やってる事、教えている事は、ただひたすら『「何処そこの何々」これが非常に旨い!』と言ってはその商品を加工する、煮る・焼く・炒める等……
プロの方に質問。江戸前の穴子・三陸近海の穴子、煮たり焼いたりした後で「食べ比べてこちらが三陸、こちらが江戸前と判断付きますか???おそらく全て正解を出す事は不可能に近いと思います?
これが現実で、加工した場合「食材のブランド名、値段等」関係ないのが現実。
まず、このような事から消費者に教えていく事が、料理を作る以前に大事な事ではないかと思います。2004年5月更新時にも書いてありますが、その当時から何も改善されていないのです。
とにかく我々がいくら頑張ってこのような事を言っても誰も信じません!
「値段の高い物!・産地が有名な商品が(ブランド)良い!」こればかり……公の場所では、もう少し、食材の使い方から教え、説明してもらいたい物です。
食材のブランドを作ったのは何故?何の為にブランドを作ったのか?
答えは一つ、生産者が売り易く利益を上げる目的で勝手に名前を付けて売り込み始めたからだと思う?それを一流の腕を持っている方々が、それらを大きく取り上げる、素人消費者は鵜呑みにしてそれらにマッシグラ……止める事が出来ない…… それは商売だから当たり前の事、だれにでも理解出来る。ただし消費者に対して誰が食材の教えをしているのか?
誰もがブランド名を売り込み、その商品を一つでも多く売り利益を上げる事だけに専念して消費者を無視している事から、偽装食品だとか、賞味期限切れだの問題が起きる。マスコミも、食を取り上げる番組は安い経費で一つの番組を作る事が出来る(レストラン、旅館等が舞台になるから。これは俺の考え、違うかもしれない?)。テレビのスイッチを入れると必ずと言って良い程、食い物の番組に当たる。
またその番組がお粗末、ただその食材に付いていかにも旨そうに感動した仕草、全ての番組が同じ、
この辺が消費者を勘違いさせる。
例をあげれば、以前にもこのページに書きましたが、但馬牛(和牛)が出てくれば、ワー凄い!柔らかい!ジューシー!等、なんでこればかりなのか、この台詞以外に何も出てこない!
メディアは食育、食育と取り上げる事はするのですが、それらを教えるという責任は何もしないで、偽装、賞味期限で何か問題が出ると,こぞってフラッシュを浴びせ、記事にする、記事にして新聞、雑誌の紙面を埋める、その繰り返しだけ。

                          2008年1月更新
日本在来種の見島牛。それらから明治以降ヨーロッパ等からの輸入された牛との改良改良を重ねて出て来た物がいわゆる和牛だと俺は思っています。但馬牛だろうが三田牛だろうが他の産地の和牛だろうが,元を正せば純粋の和牛「見島牛」を体が小さいから外国の「ブラックアンガスとかホルスタイン」とかの計画交配し体を大きく育てようとした雑種。だから俺は近江牛、松坂牛皆同じだと俺は思っている。
ただし、同じ牛でも育ちで品質(Quality)が変わってくるだけであり、それにより同じ産地の同じ和牛でも値段が変わってくるわけ。
先日の牛肉偽装の問題も、これらを消費者が良く理解出来るように食材を扱う人達(スターシェフ等を含め)、メディア等が努力し新聞、雑誌、テレビ等でブランド名が旨さを表す基本ではないと植え付けて行く事に努力することにより,少なからずとも少しは解決に向かうと思う?
今の日本の消費者は、ブランド名だけで旨いと決めつけているから困る。
地鶏、ブロイラー、調理の加減ではブロイラーも地鶏に勝るとも劣らぬ一皿になり、地鶏も下手な調理方法で作ればブロイラー劣る味になる事は確か。皆が回りで、けしかけるから最近は神経質になり,消費者がいう台詞は「何を信じたら良いのか」と…… 
自分の味覚を信じることが一番です。牛肉を使いたかったら和牛(何処の産地でも気にしない!)を使う,鳥肉を使いたかったらブロイラーを使って旨く作る。ブロイラーで旨く出来あがらない人は地鶏を使っても同じ。そのような考えで料理に携わればブランド等、何でも良くなってさほどの問題も起こる事が少なくなると思う?
事実、10月の日経新聞に和牛と輸入牛の旨さを科学的に分析したところ、輸入牛の方に軍配が上がるような記事が出ていました。これらは俺がアメリカ牛と宮崎から取り寄せた和牛の味を評価し、2006年の3月に自分の意見として「料理人の独り言」に書いてある事と通ずる事だと思います。
食を提供する方々・問題を起こした方、自分で自分の首を長い時間掛けて締め付けて来たような気がします。
消費者が飛びつく事だけを考えて商品化し、食を教える事を怠った付けが回ってきました。
あらゆる食材に付いてこのような事はあるのです。
私がこの商売に入りました40年以上前、とにかく食材は大事に大事にと使いどんな事があっても捨てて終わり。等という事は考えられなかったのです。
何種類かの「餅」製造業でも餡を練り直したとか、サラダの製造月日の改ざんだの……
考えれば、色々な方法で制度を作り替えて行けばもう少し消費者が納得して食品を購入する事が出来ると思う?
ただ、メディアと一緒になって全ての人が騒いでいるだけ。
話は少し極端ですが、私がこの仕事に入りました当時、結婚式場等ではいつも金団、羊羹等は作り置きしておきました、1週間後またはそれ以上先の仕事までを考えて豆金団、羊羹等を流した物です、金団等は、時間をかけてキチットした仕事をしていれば常温で何日も持つ物なのです、たとえ表が少し乾いても、そこだけを取り除き、使っても一度も問題など起こった記憶はありません。
昨今、賞味期限切れとか何だとか騒ぎが大きい割に食中毒のニュースも昔と同じく耳にするのは何故だか理解出来ません。
牛肉もサシ(脂肪交雑)が見えるように加工する技術が日本にはあるようで先日、友人から電話がありましたので聞いたとこと「今は、結構その肉を使っている」との事.私も食べてみましたが、値段の割には旨く感じる肉、日本人が好む「柔らかくて、ジューシー」。でもこの加工した肉に、何かと食にうるさい日本の消費者が黙って求め、食べている現実には、俺には理解出来ない。なぜならあれ程「賞味期限、偽装、偽造、消費期限」と騒ぎ立てた、人達が柔らかい、うまい!と食べている。
賞味期限等気にしないで、「うまい」と思い食べられれば満足ではないか?
この加工した肉がうまい!と言っているが、元を正せば「固くて、パサパサ」それが加工する事によって美味くなる。食材がどうであれ、結果が美味ければ結果良しではないか?と俺は思う。高級食材は、表示され

 

                         3月更新
また、言い伝えにより我々に伝わる事で「なるほど」と思うもの。黙って出されれば、美味い方が高級食材になるし、技術で食材の価値はあがると俺は思う。
しかし日本で仕事を初めて二ヶ月、色々な葛藤が生じ自分が今まで貫いて来た料理道が崩れかけてきている?
長年経験を積み覚えた技術、研究、そして出来上がったオリジナルな料理、自分流なプレゼンテーション、これが今時の日本ではさほど必要な物ではなくなっているような気がする?料理話の上では大事な事とされているが、現実は違って来ているようだ、最初日本で修行を始め一度も国外に出なければ(日本国外)気がつかない事で終わって良かったかもしれない。
まず、今の日本で我々を取り巻く環境は、技術はあまり必要としない、ゆえに人件費を安く抑える、これが経営者の方々が出した答え。それに料理業界が応え、ありとあらゆる食品(商品)を作り出し既製品として料理業界に売り込む、確かに万人向きの味付けで“まずく”は無い。
しかし、これらが生み出した副作用、皆さんはどう思っているかわかりませんが、日本で再び働き始めて私が最初に理解出来た事は、ここ10年位前から日本から米国に来られた日本で修行を積んだという触れ込みで来るのですが、ほとんどの方がまともではなかった事が今になって十分に理解出来ました、とにかく既製品が多すぎる。日本でいわれている、食育、賞味期限、食品偽装等の問題が何故こんなに頻繁に起こるのかも、日本国内だけで仕事を続けていたら気がつかないでしょうが、国外で仕事をし、常に日本に目を向けていたという事で十分に理解出来る事が多々あるので驚きです。
料理人の技術の向上の妨げになっているもの「業務用既製品の種類が多すぎる、氾濫している」ありとあらゆるソース類、麺類、御飯類、デザート類等。“板前、職人”この言葉は、近いうちに死語になると思います?
その内に、主婦の味=プロの味 とならなければ良いと思うが?
日本では、なかなか仕事をしていて楽しみが少ない、仕事の面白さが欠けている。もちろん一部の職場ではしっかりと技術の向上を目指す若者達が集まる集団もあるのでしょうが、ここ地元では、なかなか見つける事が難しそうにおもいます。
ただ俺にはこの度、他にやらなければならない事がありましたので帰国しましたが、残念ながらこのような環境の中で職人として働くチャンスは訪れないでしょうし、俺の年齢と技術じゃ受け入れてくれるところも無いでしょうからリタイヤでもしましょうかネ??
いまだ水戸では“なるほど”と思わせる物が出てこない。
地元に帰って来た当時は、このままで終わりたく無いとの思いが強かったのですが、最近は地元ではしょうがないと“あきらめ”の雰囲気になって来たような気がします、それよりも帰国した目的を達成すれば……良いとしましょう。
ニューヨークタイムス紙で2ッ星、まだまだ心残りはあるのですが……
                 

                         5月更新

色々とマスコミが評価をしてくれますが、三ツ星を得る事は、料理はもちろんの事サービス、店の雰囲気と全てが満足しないと得られないもなんです。
今は、地元に戻りそのような評価や雰囲気とはあまり縁のない職場で仕事をさせてもらっていますので、最近は料理に打ち込む意気込みが少し薄れて来たような……歳も歳なので何となく諦めムードが漂い始めました。

何か料理道で歳を忘れさせ、邁進出来る雰囲気を見つけ出すよう心がけなければ……
納得する事が出来るようには、オーナーシェフか??

                         7月更新

今まで40年以上レストランビジネスに携わり生活して来た訳ですが、やはり最後の仕上げは今までの自分の考えの総仕上げをしてみたいものです。本当に日本に再び住むまで、何でも勉強、研究、技術の向上と……そればかりで何も試さないで今まで過ごしてしまったような気がしている今日この頃、何となく“尻切れとんぼ”のような、締まりのない最後だけは避けたい物です。全ての今までのオリジナルな一皿一皿を完成させながらサービスとは何なのだろう?どのような物なのかもう少し深く知りたいと、最近は思います。
相変わらず、食品偽装のニュースが毎日のように報道されていますが、これは絶対無くなりません!俺は産地にはそれほど拘りませんので、以前にも書きましたがこのニュースが最近は、うっとうしくなります。消費者のブランド志向が無くならない限りこの問題はつきまとうでしょう。俺は、何故国産でなければ行けないのか?理解に苦しむ、「日本産しか信用出来ない」と消費者が求めるが為、偽装をしたくなるのです。この食料自給率が先進国で一番低い(40%弱位しかないのだから?)ので有名なのだから……国産の商品を販売するには値段が高すぎる=消費者は買わない。売値が安いもの=外国産、この計算は崩す事が出来ないのです。勿論、偽装は詐欺です。別に外国産を食べたからと健康を害する物でもないのですから……、先日のギョウザの件、最近日本でも飲み物に農薬が混入されるとか、異物が混入していたとか、日常茶判事です。要するにもっと美味い物を作る事を考えれば産地等何処でも関係ないし、美味しくない物は買わない、使わない、我々はもっと商品知識を高め、他人に100%任せず、各自が少しは判断出来るようにしなければ偽装の問題は永遠に解決しないと思います?
             
                   
                         9月更新
40年前は、以前にもこの本文に書き残してありますが、飯田橋まで月に二回出向き師範の方々が講習会を開いておりましたので何時も講習を受けていました。この度ジャンルは違いますが、フレンチの料理講習会を誘われたままに、新宿まで出向き受けてみました。ニューヨークでは、フレンチ、イタリアン、チャイニーズ料理と全て手を出しオリジナルと称して料理を作り上げてきましたが、所詮が独学で学んだ事であり悪く言われれば「まねごと」でしたが、今回フレンチの講習を受けてみて、やはり全てのジャンルの料理「基礎」だけは非常に大事だと改めて思わされました。日本料理にも多くの基礎と云われる部分があり、おそらく自分にも今だ知らない和食の基礎があるかもしれません。
只、今回フレンチの基礎の技法を見て二、三気がついた事があるのですが 、俺には非常に興味深い物になりました、最近は野菜を含め、冷凍食材を多く使っていると思いますが、食材の味に少しの不安がある時、日本料理の基礎を十分に理解し、それにフレンチの基礎の技法を加える事により、出来上がりの日本料理の味が今までより以上に深みの味に代わる事がある、イタリアンの魚料理等も、物によっては下ごしらえの段階で、日本料理の技法を取り入れて作る事により、イタリアン料理では味わえない、日本人に好まれる味を表現する事が出来る。あくまでも「技法」をお互いに取り入れるので、出来た物は誰が見ても、日本料理でありフレンチ料理であるので、今まで言われてきたフュージョンでも無国籍料理でもない、新しい料理のジャンルが出来ない物かと非常に興味をもたされた。残りわずかの料理人生、これに打ち込んでみようと思いました。今月も老体に鞭打ち新宿まで出向くつもりです。

                             2009年1月更新
帰国して仕事を初めて約一年、勿論30年間日本の調理場から遠ざかっていたのですから色々と自分の中では混乱が生じました,それは現在でも同じです。魚によっては30年前とは少し違うさばき方モあれば,あまり理由も理解出来ないままに調理の過程が変わっているもの,他に調理と直接関係はないが,調理道具や調理場内の呼び名で英単語が随分使われている事,これは私が英語圏の場所で過ごしましたから,ただビックリして終わりますが,もし英語圏以外のところで30年を過ごしたら、おそらく仕事には付いて行けなかったかもしれません?それらの事を考えるとやはり30年は長かったと思います.しかし得る物は数えきれない程あります、レストラン事業に関してはこれは本当に大きな物を得たと自分では思っております,自分が体験し、見て来た事は大げさに言えばこの辺では、夢のようなレストランに置き換える事が出来るのではないかと思います、ただそれまでに成るには従業員の教育,またお客様へ伝えるサービスを作り上げる事は一言では言えない難しさがあると思います。サービスは勿論ですが料理に関してもこれは、また難しいでしょう?ここ一年近く仕事に携わり強く感じている事は,市場に既製品が充満している事です,以前にも書きましたがソース類等、無い物は皆無に等しい位で出回っているように思います,またそれらを殆どの人が使う,当然食べる人達もお金を払ってそれらを口にする,それが旨いと感じる.確かに旨い事は認めます,しかしそれらの味は何を食べても,基本の味は自然の食材から生まれた味ではなく,作られた味(薬品に近いもの)なので我々が食べるとうまいと思いますが、良く味わうと,揚げたもの,煮たもの,また和え物,食材の味を取り除いて考えると全てが一つの味になるのです.我々はその区別が出来るのです.一般の方がそこまで考えてお金を払って食べている物を判断するかと云えば,そこまでの判断は必要でないし,その時その時が旨いと感じればそれ以上の要求はしないのが現実ですから……先日もあるスパーで「昔ながらのコロッケ」との名で総菜売り場に揚げて売っていましたコロッケ、誰もが手作りだと思う物です,実際私も食べるまでそう思っておりました。食べてみたら100%冷凍の既製品!何故私がその味を判断出来たかと云えば,アメリカで従業員の総菜を作っていました折,忙しくて時間がない時の為に少しの冷凍食品をストックしておき,その時良く使っていました冷凍製品のコーンコロッケでしたのですぐわかりました.いかにも手造りのように商品名を変えて売り,消費者はそれが手作りの味と、毎回毎回食べるたびに思い込まされ、いざ我々が本当に手作りで作った食べる人には少し違った味の同じ商品が正しく判断してもらえるかと云えば,自分は非常に不安になります。これらの事はこれからの食に携わる我々には大きな課題になると思います?何故ならば調理に携わる人達が余りにも既製品に頼りすぎているという事,経営者が利益を追求するあまり料理を造り出すという事にあまり重点を置かず,誰でも簡単に出来,人手(プロ)のいらない=金のかからない、そんな事を追い求めた結果が,無難な何処で食べても同じ味が完成したと思います。正月TVを見ようとスイッチを入れたら偶然に、目隠しをして牛肉の味を判断させているクイズ番組のような物が画面に出てきましたので興味を持って見ていたところ(私は食をテーマにした番組は,前にも書きましたが,くだらない番組が多すぎるので見ないようにしています)宮崎牛とオーストラリヤの牛肉の食べ比べです。宮崎牛はニューヨークで何時も使っていましたので興味がありましたが,6〜7人の芸能人が挑戦しましたが正しい判断をしたのは一人だけでした。その位日本人は味の判断がつかなくなっているのです。

 

  
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